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2026.10.06

障害のある作家によるアートが「シビックプライドの起点」に<後篇>

世界が注目!へラルボニーが盛岡から広げる「ありのままに生きる社会」
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「異彩を、放て。」をミッションに、主に知的障害のある作家のアート作品をライセンス化し、様々なプロダクトを通じて社会の中に広げることで、世の中に根強く残る「障害」に対する意識の更新を目指す株式会社へラルボニー。
その活動は今や、国内外の様々な企業とのコラボレーションを展開するなど世界へと広がるが、それでもなお同社は本社を創業の地である岩手県内の、盛岡市に置くことにこだわり、「盛岡のシビックプライドになりたい」と地域に根ざした取り組みも積極的に進める。
その地域との協働の拠点こそ、「へラルボニーが目指す未来を可視化した公園」というコンセプトのもと、ヘラルボニーが国内外で展開する活動を地域に開く拠点として、ギャラリー、ストア、カフェ、イベントスペースを一体化させた「ISAI PARK」だ。
<後篇>では、引き続きヘラルボニー岩手事業部シニアマネージャーの森尾洋一さんにお話を伺いながら、障害のある作家によるアートを中心としたへラルボニーと地域との協働の取り組みとそれを支える盛岡という土地の文化的土壌を紐解いていった。
そうしてお話を伺う中で気がついたのは、「シビックプライドの起点」としての障害のある作家たちの姿と、へラルボニーの活動が拓くシビックプライドの新たな可能性だった。

 

※本記事の「障害」の表記に関しては、社会側に障壁があるという「社会モデル」の観点から「障害」と表記する、ヘラルボニーのワーディングスタンスに準じています。

    • 森尾 洋一(もりお・よういち)さん
      株式会社ヘラルボニー 岩手事業部 シニアマネージャー
      大阪府出身、山口県育ち。大学卒業後、ヘルス機器メーカーで営業を経験後、人事、労務、新規事業の企画などに従事。その後、2024年10月にヘラルボニーに入社し、盛岡に移住。現在は、企業、自治体との協働を推進するとともに、2025年にへラルボニーが盛岡市にオープンした拠点「ISAI PARK」のプロジェクトを統括している。

地元愛や社会貢献の思いを表現する新しい選択肢に

「ISAI PARK」の一角には、岩手県内のおすすめスポットや、へラルボニーがコラボレーションしているスポットなどを紹介するオリジナルのカードが設置されたスペースがある。へラルボニーでは、多様性を尊重する「共生社会の実現」を目的に盛岡市と包括連携協定を締結したことをはじめ、地域での活動や地元企業との協働にも積極的に取り組んでいるのだ。

(左)「ここ、気になる」「この企業ともコラボしているんだ」と、人々が地域内の新たな魅力との出会いを楽しんでいる様子が伺える(右)編集部も探していた「へラルボニーバス」を紹介するカード 

森尾:私たちは、地元企業や自治体が抱えている「解決したいけれど解決できていない課題」を一緒に解きにいく伴走者のような存在でありたいと思っています。もちろん、抱えている課題には様々なものがありますが、そうした課題をアートの力を通じてともに解決していく。そうした関係性がここでは生まれ始めていると思います。

地元企業との連携の一例としては、冒頭でも紹介した地元バスとのコラボレーションや、岩手銘菓である南部せんべいの老舗である小松製菓との商品開発などがある。小松製菓の場合では、作家の作品を商品パッケージに採用したところ、購入者の半数が新規顧客となったという。

岩手銀行とのコラボレーションでは、盛岡最大の祭りである「盛岡さんさ踊り」の会場に巨大バナーを掲示することで地域の一体感を表現した 

森尾:最近では、へラルボニーが目指す世界に共感・共鳴していただき、お声がけいただくことも増えてきています。こうした取り組みが実現できているのも、へラルボニーが従来の社会貢献活動ではなく、あくまでもビジネスとして、作家さん、企業、社会をつなぎ、その三者がともに利益を享受する「三方よし」の関係を構築できているからだと考えています。

2026年 3月には、岩手銀行をはじめとした複数の地元企業、そして県内の大学と連携し、岩手県内の大学卒業生約3,000人を対象とした卒業応援企画も実施した。盛岡駅構内や岩手県交通のバス車内に応援メッセージを掲示したほか、オリジナルサブバッグとポストカードを制作し、岩手大学や岩手県立大学など県内5つの大学の卒業生に配布した。

電車・バス車内などに作家のアート作品と卒業生への応援メッセージを展開した

森尾:卒業生の中には県外に出る方も多いのですが、これまでは彼らが県外に出て「岩手ってどんなところ?」と聞かれた時に、なかなかポジティブなことを伝えることができなかったと聞きました。ですが、こうした取り組みを通じて、「岩手に応援されている」ということを実感してもらえれば、県外へ羽ばたいた後も岩手を思い出したり、岩手を好きでい続けてもらうきっかけになると思うんです。

これまでは、地元企業などが、地元愛や社会貢献の思いを持っていたとしても、それをどう表現し、どう発信していけばいいのか、その選択肢も方法も限られていたのだろう。そうした中で、ヘラルボニーの取り組みは、地元への思いを表現する際の新たな選択肢にもなっているのかもしれない。

文化的なものを、時間をかけて大切にする盛岡という土壌

では、盛岡ではなぜ、こうしたへラルボニーの新たな取り組みが受け入れられ、浸透し始めているのか。当然そこには、森尾さんが「泥臭い努力もあるんですよ」と語るように、日々の積み重ねによって育んできた地域との信頼関係もあるに違いないが、その上で、森尾さんは盛岡という土地が持つ特性も関係していると説明してくれた。

森尾:この盛岡という場所は、宮沢賢治にも深いゆかりがある土地で、歌人の石川啄木が青春時代を過ごした場所としても知られています。そうした古くからの文化的な歴史があるからか、アートをはじめとした文化を大切にする方が多いという調査結果があるんです。ヘラルボニーの活動がこのまちで受け入れられている背景には、そうした文化的土壌が少なからず関係していると思います。

技術の進歩が形作る文明とは違い、文化は長い時間をかけて育む必要がある。思い起こせば、「ISAI PARK」に向かう道中には、古くから続く商店や、個人経営の喫茶店などが多く見られ、まち全体から積み重ねてきた長い時間が感じられた。そうした、まち自体の持つ「成熟の速度」が、へラルボニーのような新たな文化を育む土壌になっているのだろうか。

2024年に盛岡へ移住した森尾さんも、この地域には文化的なものを大切にする人が多いと感じるという

森尾:例えば、都市圏では消費のサイクルはどうしても速くなりがちですよね。ですが、この盛岡ではそうした時間の流れが非常にゆったりとしているんです。だからこそ、新しい取り組みでも、関係の積み重ねの中で、ゆっくりと時間をかけて溶け込んでいくことができるのだと思います。また、コロナ禍では特に飲食店が非常に厳しい状況に追い込まれましたが、常連さんがお店を支えたことで残った店が多いともよく聞きます。文化的なものを時間をかけて大切にする。ここは、そういうまちなのだと思います。

「シビックプライドの周縁」から「シビックプライドの起点」に

「シビックプライド」の定義は「市民がまちに対して持つ愛着や誇り」であり、私たちは、それは「単なる郷土愛ではなく、まちをより良い場所にするために自分自身が関わっているという当事者意識に基づく自負心のこと」と捉えている。森尾さんのお話を伺う中で改めて考えたのは、障害のある方々はこれまで、このシビックプライドという枠組みのどこに存在していたのか、ということだった。

森尾:日本国内では、人口の8〜10%ほどの方が障害のある方だとされています。ですが、先ほどもお話ししたように、多くの人にとっては日常生活で出会う機会は非常に限られていて、「見えない存在」になってしまっている。そうした意味では、これまでは障害のある方々はそのシビックプライドの枠組みの中に存在すらできていなかった可能性もあります。仮に入っていたとしても、その枠組みの周縁でシビックプライドの結果を享受するにとどまる存在だったかもしれません。

社会の中で「障害のある方々が『見えない存在』になってしまっている」と森尾さんは強調する

しかし今、盛岡では、障害のある方々が生み出したアートを通じて、企業が、自治体が、そして住民の一人ひとりが、地域に対する愛着と誇りを着実に強くしている。そう考えた時に、へラルボニーの活動は、障害のある方々を「シビックプライドの当事者」として巻き込んだだけでなく、「シビックプライドの起点」にまで引き上げたとも考えられるのではないか。

森尾:確かに、この盛岡では、障害のある方々がアートを通じて「シビックプライドの起点」となり始めているとも捉えられます。作家さんの作品がなくては、私たちは何もできませんし、企業や自治体が課題解決のためにアート作品を使うこともできない。まさに、彼らの作品はすべての「起点」そのものですから。

へラルボニーのプロダクトはすべて、作家の作品があってこそ作ることができる

一方で森尾さんが語るように、障害のある方の数は、国内だけでも800万人〜1,000万人とされ、世界に目を移せばこの数はもっともっと多くなる。

森尾:私たちが契約する作家はおよそ300人にまで増えてはいますが、国内だけで見ても800万人〜1,000万人のうちの300人でしかない。なので、私たちの取り組みはまだまだ小さいんです。

へラルボニーではこの現実にも誠実に向き合っており、2026年には「ヘラルボニー財団」を設立。
この両輪によって目指すものは何か。それは決してブレることはなく、創業の原点である松田兄弟の「兄が幸せに生きる社会」であり、「障害のある人もない人も、生きやすい社会」。へラルボニーはこの原点の思いを現実の目標として見据え、盛岡で実現し、世界へと広げていくことを目指す。

森尾:この「ISAI PARK」で生まれているような、障害のある方とない方がありのままに混じり合う光景を、まずはこの盛岡で当たり前にして、そこから世界に広げていきたい。そのためにも、障害のある方々との協働を特別なことではなくしていかなければなりません。障害の有無に関係なく、ありのままに生きられる社会は、誰にとっても住みやすい地域のはずです。そして、そうした場所が盛岡にあること、盛岡がそうしたまちであること自体が、新しいまちの誇りにつながると思うんです。

百貨店の通路に面したストアエリアには、商品に惹かれてお客さんが足を止めている

盛岡では今、障害のある方々は「支援される存在」ではなく、「新しいまちの文化を創る存在」になりつつある。素敵なカフェで美味しいコーヒーを味わう人、ラッピングバスに遭遇して喜ぶ人、作品がデザインされた小物を身につける人、新しいお客様と出会えた企業、このまちに応援されて旅立つ若い世代。そのすべての起点に、障害のある作家たちの作品がある。

「盛岡のシビックプライドになりたい」。この思いは、へラルボニー単独ではなく、地域との協働のもとで、何よりも障害のある作家たちのアートの力で着実に現実になり始めている。このまちにへラルボニーがあること。共感・共鳴する企業や人々がいること。文化的なまちであること。誰もがありのままに生きられるまちであること。

障害のある作家たちが生み出すアートの力が、へラルボニーの取り組みを通じて、人と人をつなぎ、そして人と地域をつなぎ、盛岡というまちの新しい誇りを形作っている。

編集後記

例えば、誰かに思いを伝えたい時に、思っているだけでは当然伝わらず、それを行動や形にすることが必要です。では、自分たちが暮らすまちに対する思いを、そのまちに暮らす人々が、そのまちで活動する企業が、自治体が、どのように表現すればいいのか。その選択肢は意外と限られていたように思います。そうした中で、へラルボニーは盛岡というまちに、その新しい選択肢を提示することができているのだろうと感じました。
 
これまで、地域とアートとの連携事例といえば、作家の作品をまち中に展示するパブリックアートという手法が主流でした。ですがそれだと、「日常の中にある非日常」との出会いを楽しむ、だけにとどまってしまいがちです。一方へラルボニーでは、障害のある作家たちのアートを、いつも乗っているバスや電車、地域自慢のホテル、楽しみにしている祭り、普段身につけるプロダクトといった多彩な方法によって、「日常」にしようとしていました。
 
へラルボニーがミッションとする「異彩を、放て。」の「異彩」を辞書で引くと、「普通とは違った彩り」「際立って優れた様子」とあります。その「異彩」が日常にあれば、はじめは目立ってしまいますが、「異彩」が時間をかけて日常に溶け込めば、いつかは当たり前の風景になるのかもしれません。
 
へラルボニーの活動によって、「異彩」が日常に溶け込み、当たり前となった先の盛岡はきっと、今度は世界で「異彩」を放つ特別で素敵なまちになるはず。その時には間違いなくヘラルボニーの活動は、そして、へラルボニーと協働する盛岡というまち自体が、盛岡の人々の地域への愛着や誇りを今よりももっと生み出すものとなるのでしょう。そしてさらにその先で、そんな「異彩」な盛岡のようなまちが世界中で当たり前になり、「異彩」ではなくなった時に、へラルボニーが目指す「ありのままに生きる社会」が実現されるはずです。
 
大きな感銘を受けながら歩いた盛岡駅までの帰り道、もう一度「へラルボニーバス」を探しましたが、結局、ここでも遭遇することはできませんでした。けれど、出会うことができなかったからこそ、次来た時には必ず、と自らの中に生まれた盛岡との縁を、ISAI PARKで購入したシャツとともに抱えて、帰りの新幹線に乗り込みました。
 
(取材:山下/文:近江)

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