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TOPTALK & INTERVIEW100年後の世界遺産を目指す「海岸線の美術館」とは〈前篇〉 

2026.08.28

100年後の世界遺産を目指す「海岸線の美術館」とは〈前篇〉 

震災が生んだ高さ10mの防潮堤という“人工物”が、“好きな景色”に変わるとき
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2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市。震源地に最も近い地域の一つである雄勝町(おがつちょう)では、まちの約8割が壊滅し、その後、津波や台風から陸地を守るため、全長3.5キロにおよぶ防潮堤が建設された。高さ最大10メートルのその壁は、安全を支える存在であると同時に、海とともに生きてきた雄勝の人々の暮らしの風景を大きく変えるものでもあった。

その防潮堤に巨大な絵を描く——。2022年に始まった「海岸線の美術館」は、まち全体をひとつの美術館に見立て、防潮堤をキャンバスに壁画を描くプロジェクト。アーティストと地域住民が交流と対話を続け、これまでに数々の作品が制作されている。

海岸線の美術館というアイデアはどのように生まれ、防潮堤はどのように住民に受け止められていったのか。館長やアーティストへの取材から見えてきたのは、作品が土地の記憶や人々の言葉と結びつきながら、日常の景色として根づいていくプロセスだった。

 


上空からみた海岸線の美術館。
海に浮かぶ船がまるでミニチュアのように見えるほど壁画のスケールが伝わってくる。

 


海岸線の美術館の壁画MAP。
今回は、NO.1~NO.6の作品を巡り、館長の高橋さん、壁画を描くアーティストの安井さんにお話を伺った。
    • 高橋 窓太郎(たかはし・そうたろう)さん
      海岸線の美術館館長
      東京都出身。東京藝術大学建築科を卒業後、電通に勤務。2019年にビジネス研修で訪れた石巻市雄勝町で、巨大な防潮堤にアートで新しい風景を創る可能性を見出し、「海岸線の美術館」プロジェクトを発案。22年に電通を退職し、現在は館長として「まち全体を美術館にする」という目標に向け活動する。
    • 安井 鷹之介(やすい・たかのすけ)さん
      愛知県出身。東京藝術大学彫刻科卒業。MAHO KUBOTA GALLERY所属。大学在籍時、ミケランジェロやロダンなど古典から近代までの彫刻を学びつつ、欧米の現代アートの潮流にもふれる。石膏と布で造形した彫刻で注目を集めるほか、独特のボリューム感を持つペインティングも制作。「海岸線の美術館」では現在10点の作品を手がけている。

場所を「残すこと」の意味を見つめる

日本有数の漁港を擁する宮城県石巻市。その玄関口であるJR石巻駅に降り立つと、1月の冷たい風が頬を打った。車で市街地を抜け、川面を輝かせる北上川に沿って北へと進む。乾いた田畑が広がる平野の先には、いくつかの低い山が見えた。 

およそ40分後、車は震災遺構・大川小学校に到着した。ここで迎えてくれたのが、海岸線の美術館館長の高橋窓太郎さんと、アーティストの安井鷹之介さんだ。高橋さんは2019年、当時勤めていた会社の研修に参加したことがきっかけで「海岸線の美術館」を立ち上げた。研修で初めて訪れた大川小学校がプロジェクトの原点になったという。「美術館が生まれた背景を語るうえで、まずは大川小学校を訪れてほしい」――。そんな高橋さんの提案もあり、今回の取材は大川小学校を出発点とし、雄勝を目指すことになった。 

高橋:僕はいま海岸線の美術館の館長を務めていて、ここはいつ訪れても、プロジェクトの原点を思い出させてくれる場所です。校舎は外側から見学できて、隣には震災伝承館もあります。当時を経験していない僕がここで説明できることはないほとんどないので、まずはそれぞれご覧ください。  

高橋さんは、海岸線の美術館のプロジェクトに専念するために22年に会社を退職。東京と石巻を行き来しながら、館長を務める 

大川小学校は海から約4キロ離れた場所に位置しているものの、震災発生後、すぐ側を流れる北上川を津波が遡上し、多くの児童と教職員が犠牲となった。2019年からは、被災当時の姿を伝えるとともに、鎮魂と教訓の場として震災遺構に指定・保存されている。 

外から1階の教室をのぞくと、津波に突き破られた天井が見え、2階の教室は天井の手前半分が茶色く変色し、津波の到達点がくっきりと残っている。その高さは約8.6メートル。報道や数字だけでは実感できなかった現実が、目の前の建物を通して確かな重みをもって迫ってきた。

建物の骨格がむき出しのまま残った校舎 

高橋:僕が初めてここを訪れたときは、まだ展示としての環境も今ほど整っていなくて、校舎が当時の状態のままごろんと残されているだけでした。それを見て正直かなり圧倒されたんです。ニュースで被災地の情報にはふれていましたが、実際にその場に立ってみて初めて実感できるものがあったように思います。

その時、高橋さんは復興をテーマに事業を構想する研修に参加していた。地域住民の声を聞き、土地について調べ、アイデアを練るプログラムだったが、まずこの場所を訪れて、前向きな構想を描くことの難しさを痛感したという。

渡り廊下の支柱は根元から折れ曲がり、津波の大きさを物語っている

高橋:実物が「残っている」という事実はとても強いものですし、こうした場所を残すことの意味について、大川小学校に来るたびに考えさせられます。今はオンラインでさまざまな映像や記録を見ることができますが、実際にその場に立つことでしか伝わらないものがある。僕たちは、クリエイティブの力でまちを明るくしたいという思いを胸に日々活動していますが、大前提として、失われた命を決して忘れてはいけない。ここに来るたびに、そう強く思います。 

海岸線の美術館が始まった、特別な1枚の壁画

震災遺構を後にし、高橋さんの案内の下、次の目的地・雄勝町に向かう。15分ほど車が進み、トンネルを抜けてしばらく走ると、そびえたつ防潮堤が見えた。

高橋:僕は当時の研修で、大川小学校を見た後、移動中のバスの車窓から外を眺めていました。すると、建設中の防潮堤が目に飛び込んできて。目の前で巨大な壁がそそり立っているのを見て、「この壁はなんて暴力的な建築物なんだ」と、強い衝撃を覚えたんです。けれど同時に、「これだ!」とも思いました。僕はものづくりに関わる一人として、新しい何かを生み出すときに立ち上がるエネルギーの力を信じています。この壁に絵を描けば、何かが変わるかもしれない。そんな直感がありました。 

防潮堤を横目にしばらく進むと、黒い屋根に覆われたいくつかの建物が見えた。旧雄勝地区にあった4つの小中学校が統合され、2017年に開校した雄勝小・中学校だ。現在、校内には海岸線の美術館の作品が3点展示されている。 

高橋:ここ雄勝町は、古くから硯(すずり)石の産地として知られ、最盛期には国内の硯の約9割を生産していました。実は、現在の東京駅丸の内駅舎の屋根にも、雄勝の石が使われています。この雄勝小・中学校も、震災後に高台へ移転・新築された際、屋根材として雄勝石を薄い板状に加工した建材が採用されています。 

校舎に入り、案内されたピロティへ向かうと、大きな壁画が迎えてくれる。高さ5メートル、 幅17メートルの作品・壁画No.0「HIGHLIGHT|ハイライト」だ。 

制作の初期段階では、安井さんは生徒とともに壁に色を重ね、作品をつくり上げていった 

安井:これは、海岸線の美術館のはじまりとも言える作品です。まだ何の実績もなかった僕たちを迎え入れてくれたという意味でも、とても特別な一枚なんです。 

安井さんは2021年に、雄勝町の道の駅に一ヶ月滞在そこでまちと関わりながら多くの作品を発表した

この絵が描かれたのは2022年。当時、高橋さんや安井さんの頭の中には美術館の構想はあったものの、具体的にどのような絵をどこに描くのかは定まっておらず、壁画を製作した実績もなかった。そこでまずは、自分たちの活動を知ってもらうことから始めようと考え、雄勝の道の駅で1カ月間の滞在制作と展示を実施。そのときに出会ったのが、雄勝小学校の校長先生だった。 

安井:校長先生はこの町のご出身で、まちのために何ができるかをずっと考えていました。僕たちの話にも真摯に耳を傾けてくださり、防潮堤に絵を描くことを前向きに受け止めてくれて。ただ、防潮堤そのものが、住民への十分な説明がないまま建てられた側面があるので、プロジェクトについてもきちんと説明をしてから進めたほうがいいのではないか、とアドバイスをいただいたんです。そこで、まずは防潮堤でなくても、実際に絵を描いて目に見える形にすれば想像もしやすくなるのではと、小学校の場所を提案してくれました。 

壁画をきっかけに、まちとのつながりが広がる

「HIGHLIGHT|ハイライト」のモチーフになっているのは、震災時に旧雄勝中学校の敷地内で唯一残った「奇跡の桜」と、制作当時に小学校に在籍していた全児童生徒だ。 

安井:もともとは桜の周りに天使を描こうと考えていました。その構図は、先ほど見てもらった大川小学校に残る児童の壁画をもとにしていて。壁画の右側には宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が描かれ、中央には正面を見つめる子どもたちの姿、左側には夕焼けの風景が広がっているものです。  

大川小学校に残る児童壁画

しかし、制作を始めてから学校で多くの時間を過ごすなかで、高橋さんや安井さんは生徒や先生との対話を重ね、次第に考えを変えていった。 

安井:このまちにとっての“天使”は、目の前にいる子どもたちそのものだと思いました。そこで一人の子にモデルになってもらったところ、翌日には他の子どもたちも次々に集まってきたんです。それなら全員を描こうと決め、当時在籍していた全校生徒33名をモデルにしました。  

作品には、当時都心部から漁村留学として雄勝小学校に通っていた子どもも描かれた  

作品に近づくと、まっすぐ前を見据える子もいれば、少しおどけた表情を浮かべる子もいたりと、子ども一人ひとりのポーズが少しずつ異なることに気づく。絵を通して、当時この場所にいた子どもたちの姿に思いを馳せる。安井さんはここで時間を重ね、言葉を交わしてきた距離の近さがあったからこそ、生徒たちの日常の姿を描くことができたのだろう。 

安井:雄勝町には高校がないので、中学を卒業すると多くの子どもたちがまちを離れ、そのまま戻ってこない子もいます。だからこそ、当時描いた生徒の親御さんから「ここに来れば、いつでも子どもに会える気がしていいですね」と言っていただけたときは、本当にうれしかった。さらに、日本フィルハーモニー交響楽団がこの絵の前で特別公演を行い、地元の方々と時間と空間をともにできたことも、忘れられない出来事になりました。 

2023年には学校内に生徒たちとともに、地上絵「GOLDEN CAVE|黄金窟」を制作した

安井さんは作品完成後から現在に至るまで、学校で特別授業を行うなど、先生や生徒との交流を続けている。「HIGHLIGHT|ハイライト」は、一枚の絵としてとどまらず、人と人とを結びながら新たな動きを生み出している。そうした広がりを思うと、この絵はやはり特別な一枚と言えるだろう。 

防潮堤に絵が現れることは、自宅のリビングに絵が増えるのと同じ

雄勝小・中学校を後にし、次に雄勝湾エリアへと向かう。石巻市内から雄勝町へ向かうと、多くの人が最初にこの地域を通る。ここには、防潮堤に描かれた初めての作品がある。

海沿いへと近づくと、壁画No.1「THEORIA|テオリア」が視界に飛び込んできた。防潮堤は想像以上に高く、その向こうにあるはずの海の姿はまったく見えない。 

高さ最大10メートルの雄勝湾の防潮堤に描かれた「THEORIA|テオリア」 

安井:僕は大嵐の日の夕方に、初めてここを訪れました。灰色の空の下、壁がずんと立っていて、人工物が放つ異様さを強く感じたのを覚えています。今となっては、同じ「作り手」として、人間がこれをつくったこと自体、すごいことだと思うこともありますけどね。 

高橋さんと安井さんはこの壁に描くテーマを検討しながら、地域の人々と共に制作を進め、3ヶ月ほどかけて「THEORIA|テオリア」を完成させた。 

壁画の表面は想像以上にゴツゴツとしていて、色を重ねる難しさを感じた

安井:住民の方々に雄勝の自慢の風景や好きな景色を聞き、壁の中に海の様子や木や植物を埋め込むような感覚で詰め合わせていったのがこの一枚です。制作期間中は、地元の方がお弁当を差し入れてくださったり、声をかけてくださったりと、本当に多くの応援をいただきました。この作品が完成したときの達成感は本当に大きかったです。 

「THEORIA|テオリア」に描かれた水平線は、下地制作のイベントで住民たちが手を伸ばして塗った青いペンキの高さをそのまま生かしたもの。安井さんと住民たちが一緒に制作した過程が作品の中に息づいている。

制作時にみんなで使った刷毛は、今も作品の近くに飾られている

安井さんたちがここでの作品作りにあたって重視しているのが、住民との関係性作りだ。「THEORIA|テオリア」を描くしばらく前から、近隣の家を一軒ずつ訪ね、自己紹介を重ねていったという。 

高橋:実は一度、地域との関係性が十分に築けていない段階で、急いでプロジェクトを進めようとしたことがありました。まちの人々から少なからず反発があったことと、コロナ禍の影響も重なったため、制作に向けたクラウドファンディングを中止するという経験もしていて。そこからは何よりも、雄勝の人々との関係づくりを大切にしようと考え、活動を続けています。 

安井:皆さんがお住まいの家の窓から、防潮堤が見えるんです。つまり、僕が描く壁画も日常の風景として目に入ることになる。それって、自分のリビングに絵が一枚増えるのと同じことだと思いました。そこで、まずは集落の一軒一軒を訪ねて自己紹介をしていく際に、自分の作品をポスターにしたものをお渡ししました。この地域の人たちには、家に絵を飾るということに馴染みがない人もいらしたので、作品を“飾っていただく”とどんな感じになるのかを理解してもらおうともしましたね。 

現地の日常にある空気や言葉から作品を生み出す

そうしてまちの人々と関係性をつくる中で生まれた次の作品が、壁画NO.2「 A FISHERMAN|漁師」だ。安井さんは、雄勝町が海に面しているにもかかわらず、物理的な壁によって海の様子が見えづらくなっていることに違和感を覚えていた。だからこそ、まちのエントランスであるこのエリアに、雄勝を象徴する一枚を描きたかったと話す。 

安井:地元の漁師さんと話していて、「朝海に出たときに見える風景が好き」という言葉を聞きました。そこで、実際に船に載せてもらい、船頭でロープを括る漁師さんの背中を描いたのがこの作品です。漁師さんのロープワークの所作を見ていると一切の無駄がなく、美しいなと感じました。 

安井さんは今も雄勝で地元の漁師さんとよく交流し、水揚げされた魚の仕分けや、漁に使うロープの準備や片付けを手伝うこともある 

現地の日常に身を置き、目の前で積み重ねられていく日々をすくい取りながら、壁画というかたちで表現する。海岸線の美術館で目にした作品のいずれにも、その土地の空気や人々の言葉が確かに息づいていた。 

続く後篇では、雄勝町で、家族の漁の仕事を手伝う大和千恵さんに話を聞きながら、防潮堤という公共空間に絵が描かれることの意味を、アートと公共性の観点から考えていく。 


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