大手アイウエアブランドJINS(ジンズ)が、2021年に創業の地・群馬県前橋市に開業した「JINS PARK」。メガネ店に加えて、カフェベーカリーや芝生の広場が併設された複合施設では、年間120本以上のイベントが開催され、地域住民が日常的に集い、交流する場となっている。
なぜメガネブランドが本業以外の事業を行っているのか?企業が地域活動に取り組む意味とは何か?その背景にある考えを探るべく、JINS PARKの運営を担う地域共生事業部を訪ねた。
話を伺う中で見えてきたのは、全体的な人口・経済力が縮小傾向にある地方において、この場所から地域全体の活性化に貢献するということが、翻って自社の利益にも還ってくるという視点だ。エリア全体の売上が上がれば、その成果はやがて自社にも還ってくる──。地方の厳しい現実を前に、事業視点から生まれた「公共」的発想が、この場所の根底にあった。
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白石 将(しらいし・まさる)さん株式会社ジンズ 地域共生事業部 シニアディレクター大学時代に福岡天神にオープンしたJINS 1号店に学生アルバイトとして入社。卒業後、正社員となり約5年間、店舗業務に従事。その後、業務改善やEC向け加工センターの立ち上げ、アメリカ進出準備を経て、台湾進出の 現地責任者、アイウエア事業の統括を経て 。2021 年10月より現職。
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まちに足りない機能や要素を、互いの場所で補い合う
東京駅から在来線を乗り継ぎ到着した前橋駅。駅前でバスを待つあいだ、澄んだ空気の先には、百名山にも数えられる赤城山の美しい稜線が見える。
バスに乗り込み20分ほど、住宅街やところどころに残る畑の風景を眺める。バス停で下車し少し歩くと、大きな赤茶色の屋根が見えてきた。

今回の目的地である「JINS PARK」は、アイウエア ブランドJINSが手がける複合施設だ。敷地面積は約520坪と広大で、建物の周囲には芝生の庭や広い駐車場が併設されている。車での来訪を前提とした設計である一方、住宅地の中に立地していることもあり、従来のロードサイド型店舗とは異なる印象を受ける。
一面ガラス張りのドアを開けて中に入ると、自然光が差し込む開放的な空間が広がり、屋上テラスへと続く大きな階段を人々が行き来していた。

JINS PARK の1階にはベーカリーカフェ「エブリパン」とJINS前橋店、2階には座席スペースと、自由に遊べる広場「うえひろば」が設けられている。取材で訪れた平日の日中には、子ども連れの家族や、パソコンを開いて打ち合わせをするビジネスパーソン、読書に没頭する年配の方など、さまざまな人が思い思いに時間を過ごしていた。

「館内には、多目的トイレや授乳室など、近隣の商店や施設ではあまり見られない設備を設け、多様な人が使いやすい設計にしています」。そう案内してくれたのは、JINS PARKの運営を担う、地域共生事業部シニアディレクターの白石将さん。2021年に前橋へ移住し、この施設を拠点にまちとの関わりを育んできた。

白石:ここでは、地域の機能を補完することを意識して設備を整えました。子ども用のトイレもその一つです。もちろん、お手洗いに立ち寄るついでに館内で時間を過ごしてもらえたら嬉しいですが、それ以上に、この場所がまちに足りない機能を少しでも補う存在になれたらと考えていて。一方で、私たちもまた、周囲の方々に日々助けていただいています。たとえば、大規模なイベントをここで開催すると、駐車場が一時的に足りなくなるのですが、近隣の店舗の方がご好意で貸してくださり、大変ありがたく感じました。そうしたやり取りをここ4年ほど重ねる中で、お互いに補い合う関係性と、地域とのつながりが育まれてきたように感じています。
日常での接点を生み出すことで、ブランドとして “思い出される存在”に
JINS PARKは2021年4月、地域コミュニティのハブとなること、そして公園のように開かれた「みんなの場所」となることを目指して開業した。
白石:もともとこの場所には、メガネ店、雑貨店、カフェが一体となったJINSの複合型店舗がありました。施設の老朽化を機に、2017年ごろから建て替えを検討し始めたのですが、その過程で改めて浮かび上がったのが、会社全体で抱えていた課題です。というのも、私たちの商品であるメガネは、買い替えのサイクルが2.5年に一度程度。ご高齢の方の場合はもっと長い傾向にあります。つまりその間は、お客様との接点がほとんどなくなってしまうんです。
確かにメガネは、日常的に頻繁に買い替える商品ではない。しかも多くの人は、買い替えのタイミングで一度ブランドに対する認識をリセットし、改めてどこで購入するかを再検討する傾向があるという。それに対してメガネチェーン店では、認知を途切れさせないために、定番のCMを定期的に流すというマーケティング手法がこれまで取られてきた。
白石:そうした従来の手法ではなく、お客さんとのタッチポイントを増やし、日常の中で私たちのブランドを想起する機会をつくることができれば、メガネを購入する際に一番に思い出していただけるのではないか。この発想と、「地域の人々が気軽に集えるコミュニティのような場をつくれないか」という会長のアイデアが重なっていきました。群馬は、創業者でもある会長の出身地であり、JINSの創業の地でもあります。会長も以前から、本業とは別に地域での事業や活動に関わってきた経緯がありました。そうした背景から、企業として地域とより深く関わる拠点として、JINS PARKの構想が具体化していきました。

しかしその後、新型コロナウイルスの感染が拡大。施設の建替計画の可否について、社内では慎重に議論が重ねられることになった。だが、データを分析すると、意外にも「地方の可能性」が見えてきたという。
白石:コロナ禍では都心部の店舗の売り上げが軒並み下がったのですが、移住者が郊外に増えたためか、地方のロードサイド店舗の売り上げは逆に上がったんです。会社として、今後は地方との付き合いを見直した方がいいという判断になり、JINS PARKの計画も前に進めていくことになりました。
検討する中で、顧客とのタッチポイントを増やすには、日常的に利用される買い物の機能を取り入れることが有効ではないかという考えに至った。そこで、「コミュニケーションの媒介」としてパンとコーヒーを販売することを決め、ベーカリーカフェを併設した複合施設として、2021年にJINS PARKがオープンした。

白石:通常のJINSの店舗では来店客の年齢層がある程度限られるのですが、JINS PARKには子どもから年配の方まで、幅広い世代のお客さんが集まります。オープン直後、その様子を見た会長が可能性を感じ、その日のうちに僕に連絡がきたんです。会長は即実行の人なので、すぐに2時間ほど話し合い、「地域の課題解決に企業がどう関われるのかを、この場所から考えていこう」と方向性が定まり、地域共生事業部が立ち上がりました。もともと僕は別の部署に所属しながらJINS PARKの立ち上げに関わっていたのですが、地域事業に特化した取り組みを進めるため、新たに部署が設けられることになりました。
まちの人々に、自由に、“勝手に”使われる場所へ
地域共生事業部は「地域の可能性を拡大する」ことを目指し、JINS PARKでは主に飲食事業やイベント事業を担っている。

白石:都心に比べると、地方ではイベントの機会は限られています。一方で、出店したい個人は実は決して少なくないんです。そこでまずは「人が集まれる場所をつくろう」と考え、マルシェを始めました。すると出店者同士の接点が生まれ、「自分たちでもイベントを企画できないか」と、主体的な動きが広がっていきました。ただ、初めての企画で集客がうまくいかないと、次の開催につながりにくくなってしまいます。そこで私たちは、イベント準備に伴走し、コンテンツの充実に向けたアドバイスなどのサポートを行っています。
JINSでは、イベントの主催者を一般公募し、地域の企業や住民による企画も含め、年間約120本のイベントを開催している。開催にあたっては、JINS PARKの広場を無料で貸し出すほか、JINSが管理するテーブルや椅子などの備品も自由に利用できるようにしているという。
白石:イベント事業を継続していると、一度出店してくれた方の3割ほどが、1年以内に再びJINS PARKを訪れてくれる。そんな実感があります。また、社内のイベント担当者は、一人あたり半年で300枚ほど名刺交換をするほど、まちとの接点が広がっています。イベントを担当しているのは2人だけなので大変な時もありますが、せっかくつくった場所が使われないのはもったいない。それよりも、自由に、ある程度「勝手」に使ってもらえる環境にしていきたいなと。そして私たち自身が企画するイベントも、あえて作り込みすぎないことを意識して、「自分たちにもできそう」と思ってもらえるような余白を残すことを重視しています。
最近はJINS PARKに限らず、近隣の前橋駅前などでもイベントの開催頻度が増えているという。JINS PARKで出店の経験を積んだ人たちが、今度は別の場所でもやってみようと動き出す。そうした流れが、まちの中で少しずつ広がっているのだ。
地域共生事業部は「地域の可能性を拡大する」ことを目指し、JINS PARKでは主に飲食事業やイベント事業を担っている。

白石:最近は、「前橋を盛り上げる企画を一緒にできませんか」と、地域内外の事業者や個人から相談をいただく機会が増えています。そうした提案に対して、これまでにJINS PARKで企画をご一緒した方々が、「面白そうなので、私たちも一緒にやりたいです」と、自発的に関わってくれる場面も増えている。そうした広がりは、シビックプライドに通じるものがあるように感じます。地域でイベントが増えていくと、人の流れが生まれ、お金も回るようになる。そうして生まれたつながりが、巡り巡って将来的に僕たちのメガネの購入につながる可能性もあるでしょう。楽しい企画や新たなお店が増え、エリア全体が盛り上がっていけば、人は自然と集まってくる。まちは、そうした積み重ねでできていくものではないでしょうか。
小売業が成立し続けるまちであるために
白石さんが所属する地域共生事業部では、JINS PARKの運営にとどまらず、施設が立地する地域の課題にも向き合うことを大切にしている。子どもたちに本気の「小売り」を体験してもらうプログラム「群馬ビジネスキッズチャレンジ」も、そうした思いから生まれた企画だ。

白石:地元の小学生が夏休みの1か月間商売について学び、仕入れを行い、最後は約8000人が集まる大型のイベントで販売を行う企画を実施しています。地元で商売を営む大人たちに仕事の姿勢や工夫を教わりながら、実践を通じて「自分たちにも何かができる」という自信を持ってもらえたら嬉しいなと思い、企画しているイベントです。
こうした取り組みの背景には、前橋が抱える地域課題がある。群馬県では、新幹線の停車駅である高崎駅周辺に商業機能や人の流れが集中する一方で、県庁所在地である前橋では中心市街地の活気が年々失われ、2010年代には県庁所在地の中でも地価が最も低い水準にあった。
白石:前橋は東京に近く、進学や就職のタイミングで人が外に出ていきやすいこともあり、一時期はまさに「シャッター街のお手本」のようなまちになっていました。僕たち小売業としては、リアルな場所に人がいなくなることが一番怖い。ですが、もし子どもの時のまちでの経験が楽しかったら、いずれ戻ってきたり、地元で仕事をすることを選ぶかもしれない。そう考え、まちのさまざまな企業とともに子ども向けのプログラムに取り組んでいます。
場の運営で築いた関係性が、本業に貢献する事業資産に
JINS PARKの開業から5年が経った現在は、地域の人々が週末ごとにイベントを開催し、子どもから年配の方まで幅広い層の住民が集うなど、まちに根づいた拠点となりつつある。だが、白石さんは、決して最初から順調だったわけではないと振り返る。
白石:ここ最近になって、ようやく“目的が動き出してきた”感覚があります。そもそも、最初から明確な目的を定めていたわけではなかったので、やりながら見えてきた部分が大きいんです。そういう意味で、この「壮大な実験」を任せてもらえる環境があるというのは、この会社の特徴の一つだと思っています。ただ、当初は社内の他部署からの反発も当然ありました。
JINS PARKをはじめ、新規事業を収益化し、会社全体の売上に短期的に貢献するのは容易ではない。そのため、継続にあたっては社内での合意形成や調整が求められる。白石さんは、新たな施策を進める際、収益のために行うのか、あるいは実験として行うのかを明確に整理した上で、社内の理解を得ながら進めてきた。

白石:JINS PARKの開業効果や日々のイベントが、どの程度店舗の売上に寄与しているのかは、短期的に数値で示せるものではありません。一方で、社会性もある新たな取り組みはメディアにも取り上げられやすい。そのため当初はPR露出を広告換算し、取り組みの効果・価値として社内に提示しました。また、飲食事業については、イベントと連動することで売上が通常日の倍程度に伸びることが分かり、そうした分かりやすい成果もあわせて示してきました。
白石さんは、JINS PARKの運営を続ける中で、「情報が集まるようになったこと」が最も大きな成果の一つだと捉えている。

白石:最近は、地域の企業や自治体、医療機関などから、イベントの企画や地域連携に関する相談をいただく機会が増えています。人とつながり、何かを実現しようとしても、そのための場がなければ難しい。しかし僕たちには、その「場」がある。だからこそ情報が集まり、新たな取り組みが生まれる可能性も広がってきていると感じています。個人的には、これこそがPRだと考えています。PRというと、広告や広報、宣伝のイメージが強いですが、本来はパブリックリレーション、つまり「関係性を構築すること」。そう捉えると、JINS PARKで生まれているつながりは、まさにPRそのものだと言えるのではないでしょうか。
社外での関係性の広がりは、社内の開発や取り組みにも活かされている。例えば子ども向けメガネの新商品開発にあたって、JINS PARKでのイベントに参加した子どもたちの頭部測定を行い、そのデータを社内の関連部署に共有した。
白石:まちとの関係性がなければ、店舗で突然子どもの頭部測定を募っても、十分なデータを集めることは難しかったと思います。そういう意味で、こうした成果は、地域との「関係資産」があるからこそ実現できたものですし、地域との関係性が事業につながっていく可能性を感じた一例です。
次なるチャレンジは「再現性」、事業としての「企業が担う公共」が広がっていくために
JINS PARKで地域との関係性を軸に進めてきた取り組みは、着実に広がりを見せている。そして現在では、その成果が本業への波及効果としても表れ始めている。

白石:JINS PARKでは、以前の施設に比べてメガネ売り場の面積を3分の1にしたのですが、さまざまな施策との連動も背景にあるのか、改装前よりメガネの売り上げはむしろ上がっています。「自分たちが店舗を構える地域が元気になれば、自社の売上も伸びる」という仮説を、数字で示せることは非常に重要です。
手応えが少しずつ数字を伴って現れ始めている中で、次に見据えるのは、このモデルを他の場所でも広げていくこと。その鍵となるのが、他地域でも成立させるための再現性だ。
白石:僕は「完璧に整ってから動く」という考え方を一度手放し、まずは一歩踏み出すことが大事だと考えています。ただ、再現性がなければ、「企業が担う公共」をやろうという会社は現れない。市場的にも社会的にも、持続的な事業価値にはなりません。だからこそ、この店舗で得られた知見を、次の場所でも必ず形にしていきたい。その意味で、創業の地を離れた場所での展開は、僕たちにとって重要な挑戦になると考えています。JINS PARKでの実践が他の地域でも通用するのか、今後しっかりと証明していきたいと思います。
編集後記
今回の取材で強く感じたのは、企業が地域課題に取り組むことが、どのように事業としての意味をもち得るのかという点でした。
JINS PARKの出発点にあったのは、メガネ会社にとって避けて通れない「数年に一度の買い替えサイクル」というマーケティング課題です。買い替えのタイミングで、いかに顧客との接点をもてるか。従来は地方局のテレビCMなどによるブランド浸透が一般的でしたが、群馬では地域住民の方がほぼ全員みているようなメディアがなく、同様の手法はとれなかったと白石さんは語ります。
そこで生まれたのが、カフェやベーカリーを併設し、日常的に人が訪れる場をつくるという構想でした。JINS PARKは、当初は広告換算による効果の提示から始まりましたが、現在では売上や収益にもつながる“装置”として機能し始めています。
さらにこの取り組みは、採用や研究開発にも広がりを見せています。JINS PARKの姿勢に共感して就職したいと応募する人材が増え、新商品開発に不可欠なデータを取得する場にもなっています。地域との関係性そのものが、企業にとっての資産となりつつありました。
その先に見据えているのは、JINS PARKが立地するエリア全体の経済活性化です。一店舗の取り組みとしては大きな目標にも思えますが、地域経済が縮小する中で、個別の店舗だけが成長し続けることは難しい。だからこそ、地域全体に向き合う。「企業が担う公共」は、地方における新たなビジネスモデルへのチャレンジだったのです。
「企業が担う公共」というビジネスモデルを端的にまとめると以下のようになるかと思います。
- 誰にでもひらかれている公共的な場が、企業にとっては目的客以外の人々を集め“顧客”のすそ野を広げると同時に、運営を通した“地域とのつながり”が事業成長にも貢献する「関係資産」となる。
- 市民のイベント活動を拠点(JINS PARK)だけにとどめずむしろ地域へ広げていく公共視点が、ひいては地域経済の活性化につながり店舗事業にも返ってくる。
そして原動力の中心には、JINS PARKの後押しでイベントにチャレンジし、そこでの出会いに感化され、さらに次のステージへ、まちとの主体的関わりを深めていく、まさにシビックプライド溢れる人たちの姿がありました。
いつかきっと、この場所での挑戦が日本の地方再生において、かけがえのない最初の一歩だったと振り返られる日が来る、そう感じました
(取材:西村・西牟田/文:土橋)
