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TOPTALK&INTERVIEW小さなつながりを積み重ねることで、まちが自分の居場所になっていく

2023.09.25

小さなつながりを積み重ねることで、まちが自分の居場所になっていく

コーヒー店を通じたつながりの中で出会った、目に見えない“まちへの思い”
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ひとつ前の記事で紹介したクロックアップの中村さん(記事はこちら)が手がけているカフェがあると知って、青森出張の休憩時間に訪れたのが、橋本さん夫婦との出会いだった。
大学進学を機に生まれ育った青森を離れ、6年前にUターンした雄大さんと、神奈川県で育ち、雄大さんの故郷である青森に移住した有里さん。
二人のお話を伺う中で印象的だったのは、言葉にできない感覚を大事にしようとする姿勢だ。「つながり」、「コミュニティ」、まちを「好き」という気持ちーその言葉を使うことで伝わることもたくさんあるけれど、その言葉を使うことで見えなくなってしまう“機微”もある。
それぞれの実感から紡がれる等身大の言葉から、「地域のつながりって何だろう?」「まちに対する思いって何なんだろう?」を考えてみたい。

※文中敬称略

    • 橋本雄大さん
      COFFEEMAN good店主
      1990年生まれ。青森県青森市出身。青森市内の高校を卒業後、都内の大学に進学。卒業後は都内学習塾での勤務を経てコーヒー業界へ。横浜市のスペシャルティコーヒー専門店でバリスタ・店舗責任者の修行を積み、2017年7月に帰青。同年8月からCOFFEEMAN goodの店主となる。帰青後もコーヒーの抽出競技会に積極的に挑戦し、Japan AeroPress Championshipでは青森県勢初の2018年東北1位、日本3位入賞、2022年は準優勝を果たす。2020年、国際珈琲鑑定士資格"Q Arabica Grader"を取得。お客様に支えられながら、あおもりのコーヒーカルチャーを盛り上げるため様々な企画運営に参画している。
    • 橋本有里さん
      COFFEEMAN good
      1991年生まれ。神奈川県横浜市出身。都内の大学を卒業後、独立行政法人に入構し、千葉・福島で数年を過ごす。退職後、2017年7月に店主(主人)とともに青森へ移住。 最初は知り合いもほとんどおらず人見知りな性格もあり、横浜に帰りたいと思っていた。しかし、青森の優しい方々に助けていただきながらなんとか1年目の冬を乗り越える。気づけば青森の生活も7年目に突入。お客様からは親しみをこめて『おゆりさん』と呼ばれている。当時、茶碗蒸しと赤飯が甘いことに衝撃を受ける。青森に来てハマったものはこぎん刺し柄とすじこ。

コーヒーを通じてつながる“コミュニティスタンド”

橋本雄大さん(以下、雄大さん)・橋本有里さん(以下、有里さん)は、青森市で自家焙煎コーヒー店「COFFEEMAN good」を営むご夫婦。

お店のホームページには、 “コーヒーを通じて繋がるコミュニティスタンド”と書かれているが、このコンセプトのベースにあるのは、オーナーである中村さんのニューヨーク在住時の実体験だ。
「人の入れ替わりが激しくて孤独を感じやすいニューヨークでは、毎日通っていたコーヒー店の店主が、“元気?”と声をかけてくれることが救いだった。青森にもそんな場所をつくりたい」―そんな思いが込められたこのCOFFEEMAN goodを、雄大さんが任されることになったのは今から6年前。オーナーからの熱いオファーを受けた雄大さんは、そのコンセプトや背景にある思いに触れて、青森に帰ることを決断する。

雄大: 当時は関東のコーヒー店で店長を務めていたのですが、チェーン店なので売り上げも求められますし、店長という立場上かなり忙しくて。せっかく友人がお店に遊びに来てくれても、なかなか持ち場を離れられず結局挨拶できなかった、ということも多くて、個人的にはストレスに感じていました。
なので、中村から「コーヒーを通じたつながりをつくりたい」という話を聞いたときは、すぐにピンときましたね。お店の規模感としてもちょうどいいサイズ感で、お客様をお迎えして、最後お見送りするまでの一連の流れが自分たちの手の届く範囲にある。地域に根ざしたコーヒー店を、ここでならできそうだなと思いました。

自分で歩くようになって、見える景色が変わった

大学卒業後も関東で就職し、青森を10年近く離れていた雄大さん。青森を一度も出たことのなかった高校時代までと、一度出てあらためて帰ってきてからでは、地元に対する感じ方が変わったという。

雄大: 高校生の頃は、とにかく県外に出たいと思っていましたし、上京した当時は青森には帰りたくないと思っていましたね。都会と比べて娯楽も少ないですし。高校生くらいまでは、特に部活動をしていると毎日学校と家の行き来ばかりなので、地元の良さを感じられる機会ってそんなになかった気がします。

雄大: でも一度上京してしまうと、帰省するタイミングってすごく少なくて、帰ってくる機会自体がすごく貴重な時間に変わりました。高校生までは、家族が連れて行ってくれる場所にただついていく、という感じでしたが、大人になって自分でまちを歩きまわるようになると、子どもの頃住んでいたときに見えていた景色とは全然違う景色に見えて。特に飲食業の仕事に就いてからは、帰省するたびにいろんなお店を見るようになりました。青森ってあたたかくて素敵なお店がたくさんあるんだなって気づいたのも、大人になってからです。

小さなつながりを少しずつ増やしていくことで、居心地の良い場所になっていく

一方、有里さんは神奈川県横浜市の出身。初めての土地に移住することに対して、不安はなかったのだろうか。

有里: 最初の頃は、やっぱり関東に戻りたいと思っていましたね。青森に知っている人がいないという心細さもあったと思います。 

初めての土地、見知らぬ人ばかりの場所。心細かった有里さんが最初に意識したのは、知っている人を少しずつ増やしていくことだった。

有里: お客様とのつながりがなかったら、居心地がいいって思えていなかったと思います。
私はすごく人見知りで、初めてのお客様が来た、というだけで毎回ドキドキしちゃうんです。だから、「あ、私、この人知ってるな」と思える人が増えたほうが、私自身が楽になれるんじゃないかって考えるようになって。だから、お客様の顔は覚えたいなって思っています。しかも、「以前にも来てくださいましたよね」と声をかけると、お客様もうれしそうな顔をしてくださるんですよね。それもうれしくて。

こうして生まれた小さなつながりは、お店を離れたところでも続いていく。

雄大:お店に通ってくださるお客様の中には、転勤で青森に引っ越してきた、という方も多いんですが、数年経ってまた転勤で青森を離れてしまっても、オンラインストアで「お元気ですか?」というメッセージを添えて定期的にコーヒー豆を購入してくださる方もいて。離れていても、その“縁”で今でもつながっているお客様が多いのは、僕たちにとっても救いです。

元々青森にゆかりのなかった人が、青森を離れてしまってもなお、つながり続けたいと思う場所。あらためてお店のコンセプトを思い出す。この場所が「コミュニティスタンド」になっていると実感するのはどんな時なのだろうか。

有里:これが“コミュニティ”なのかはわからないんですけど…元々知り合いではないお客様同士の間で会話が始まった瞬間は、何かが生まれている感じがします。出張や観光でいらっしゃったお客様に「どこかいいところありますか?」と私が聞かれたときに、私が答えるよりも先に、店内にいた地元のお客様が「ここはどう?」と会話に入ってくださって、そこで会話が膨らむことも結構あって。
最初は、私たち(二人)とお客様、という関係性だけだったのが、お客様同士でも自然に会話が生まれて、ちょっとずつ広がっていくーその感じが、 “コミュニティスタンド”ってことなのかなって思います。

このまちが「好き」?―まちへの思いを“自覚”することの難しさ

お店を通してつながりがだんだんと増え、青森が自分の場所になっていった有里さん。そんな有里さんに、こんな質問をしてみたくなった。「青森が好きですか、と聞かれたら、何と答えますか?」

有里:好き…そうですね…なんて言えばいいんだろう。私は外から来た身で、好きだからここに来た、というわけではなかったけれど、気づいたら居心地が良くなって。でも、「青森のことは好きですか?」って言われると、もちろん好きではあるんですけど、「はい、好きです!」と答えるのもちょっとちがう気がして。私としては、「居心地がいいなあ」という感覚なんです。その感覚って、好きってことなんですかね。

「このまちが好きです」と即答できる人はいるし、それは素敵なことだと思う。でも、「好き」という言葉にはならなかった有里さんの言葉はとても自然体で、これが、有里さんらしい「好き」のあり方なのだと感じた。

“ない”ものばかりを見るのではなく、“ある”に気づくこと

その人がまちに対して抱いている思いは、なかなか言葉にはあらわれない。それは、青森に長年住んでいる地元の人たちも同じだ。

二人が青森に来た当初、地元の人からは「よくこんなところまで来てくれたね」「こんな寒いところに来てくれてありがとう」と声をかけられることが多かったそう。

有里:地元の方は「よくこんなところまで」という言い方をする人が多かったんです。でも、外から来た身としては、「“こんなところ”なんて言うけど、青森っていいところがいっぱいあるのになあ」って思っていました。

雄大:僕も青森で育ったので分かるんですけど、どうしても、“ないもの”を見ちゃうんですよね。たとえば、青森市は県庁所在地ですけど、国立大学がない。でも弘前にはあるんです。だから、青森市って県庁所在地なのに何にもないよね、という感覚はあります。
僕の実家は三内丸山遺跡の近くなんですが、子どもの頃は「うちのまわりには遺跡しかない」って思っていました。本当は、遺跡が“ある”こと自体、すごいことなんですけどね。

有里: でも、たしかに自分の地元のいいところって、意外と気付かないかもって思いますね。自分もそうだったなって。「横浜市の〇〇区出身なんです」と話した時に、「〇〇っていう素敵なお店がありますよね!」と言われて、そっか、それもこのまちの良さだったのか、って。ずっといる地元ほど、それが“良さ”だということに気付かないものなんだなあって思いました。
だから、「青森なんて」とおっしゃる地元の方々もきっと、青森の好きなところはたくさんあると思うんですよね。自分で気付いていないだけで。本当に嫌だったら、何十年も住み続けていないんじゃないかなと思います。

長く住み続けていると、そのまちの良さをあらためて発見したり再認識する機会はなかなかない。でも一方で、年月を経て気づくものもある。
雄大さんにとっては、お店で使っている「津軽塗のお盆」もそのひとつ。

雄大:祖父の家を引き払う時に、好きなものを持っていっていいよ、と言われて、このお盆ならお店で使えるかなって思って持ってきたんです。津軽塗の良さは、大人になってからわかるようになりました。子どもの頃は、なんでこんな柄なんだろうとか、全然良さがわからなかったんですけどね(笑)。今見ると、いい柄だなあって。不思議ですよね。

同じもの・同じ景色でも、年を重ねるうちに感じ方が変わったり、いままで見えていなかったものが見えるようになることがある。まちに対する思いも、時間をかけて、少しずつ見えてくるものなのだと思う。

故郷に帰ってきた雄大さんと、新しい土地に移住した有里さん、そしてCOFFEEMAN goodに訪れるさまざまなバックグラウンドを持つ人たち。ゆっくりと、小さなつながりを積み重ねながら、それぞれにとってこのまちが“自分の居場所”になっていく。まちと人とのつながりは、こうして始まっていくのかもしれない。

編集後記

コロナ禍を経て4年ぶりのねぶた祭りの日。この日も、COFFEEMAN goodに立ち寄った。
お祭りに参加するための衣装を手に入れる方法がわからなくて、「どこで買えるんですかね」と橋本さん夫妻に聞くと、近くに座っていたお客さんが「この先の通り沿いにある〇〇屋(洋品店)なら衣装を売っているはず」と教えてくれた。
実際に行ってみると、その洋品店のおかみさんはとても親切な人で、衣装の着付けまでしてくれて、「楽しんでいらっしゃい」と送り出してくれた。

あの時洋品店の場所を教えてくれた人の名前も、洋品店のおかみさんの名前も、私は知らない。交わした会話も、せいぜい一言二言くらい。特別なことを話したわけでもない。きっと向こうも、私のことはおぼえていないだろう。それでも、私はなんだか忘れられなくて、あの人たちは元気にしているかなあと思いを馳せたりする。
“つながり”と呼ぶにはささやかかもしれないけれど、友達でも知人でもない、名前のないつながりだからこそ、忘れずに大事にしていきたい。そんな風に思えた。

(取材・文:小関)

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