\立道さんからメッセージ/
梼原では、森林と人との関係を軸として、「持続可能なまちづくり」に挑戦しています。いま私たちに託された豊かな森林は、親や祖父母、そしてさらにその前の世代から脈々と受け継がれてきた贈り物です。先人の想いを胸に刻み、今を生きる世代として、次世代のためにどんな姿を残せるのかを考えながら、一歩ずつ未来へつなげていきたいと思います。今回の記事が、梼原のまちや私たちの想いに触れていただくきっかけとなり、少しでも興味を持っていただけたら本当にうれしく思います。
■概要:日本中の企業が視察や研修に訪れる、林業のまち梼原町
高知と愛媛の県境、四国山地の山間地帯に位置する梼原町(ゆすはらちょう)は、人口約3000人のまち。日本最後の清流、四万十川源流域にある2万3千haという広大な町の91%を森林が占め、住民は森林のことを、親しみと敬意を込めて「もり」と呼ぶ。
人口規模としては小さなこのまちには、世界的な建築家が手掛けたいくつもの施設が並び、再生可能エネルギーを活用した数多くの取組みが行われ、日本を代表する企業の社員たちが頻繁に研修や視察にやってくる。これらの多彩な活動は、すべて「森林(もり)」の持つ価値から生まれたものだ。

建築家の隈研吾氏による梼原町総合庁舎のアトリウム。「木の町役場」として、梼原町のシンボルになっている
■背景・経緯:四半世紀に渡って受け継がれてきた、まちづくり計画
梼原町は、2001年に梼原町総合振興計画「森林と水の文化構想~つむぐ~」という計画を策定。これは、町民の代表と町長が、自分たちのまちがどんな方向に進んでいくべきなのかを、膝を突き合わせて真剣に話し合ってつくった、まさに住民(シビック)と行政が一緒に描いたまちの将来像だ。
この計画を、四半世紀に渡って、誠実・着実・地道に続けてきた結果、一般的な「林業」にとどまらない健康、教育、環境など様々な分野に森林の価値を活用した成果が生まれた。

国土交通省の手づくり郷土賞を受賞した「神幸橋」。梼原町では、日常生活の様々な風景に梼原産の木が使われている。
■実績:一本の木を育てるように、一つの政策を育て、太く、大きくしていく
これらの成果をあげた最大の要因は、ずっと同じ政策を貫き続けていること。
自治体によっては数年ごと、もしくは首長が交代するタイミングで政策が変わるところも多い中、梼原町では、副町長が政策も人脈も引き継いで町長になり、30年以上に渡って一気通貫した政策実行を行ってきた。
長い期間をかけて森林を育てるように、じっくり時間を費やし、自治体と町民一丸となってまちを育ててきたのだ。
■展望:「林業のまち」から「森林業のまち」へ
国土の約3分の2を森林が占める日本において、その価値化は喫緊の社会課題だ。
梼原町は「㎥あたりの原木の価格」という林業視点での価値ではなく、森林のもたらす「健康(いのち)」「教育(こころ)」「環境(あんしん)」という価値に目を向けることで、「森林業」と呼びたくなるような、新しい産業を生み出そうとしている。
温室効果ガス排出削減のための「森林クレジット」、間伐材や端材からつくった「木質ペレットの燃料化」、こころとからだの健康につながる「森林セラピーロード」など、これからの世の中に必要な新しい森林経済が、ここ梼原町から世界へと広がっていく未来が見えるようだ。

音楽家・坂本龍一氏が創立した一般社団法人「more trees」の活動の一つ、地域住民らと協働で種から苗木を育てる「KIRecub-きりかぶ–苗木園」
取材者コメント (編集部 山下雅洋)
100年後の梼原が、梼原らしくあるために“恩を送り続ける”まち
今回お話を伺ったのは、梼原町で生まれ育ち、町役場で森林の担い手育成に携わった後、現在「ゆすはら雲の上観光協会」で事業統括部長をしている立道斉(たてみち ひとし)さん。
まず最初に驚いたのは、立道さんの「プレゼン力」でした。
梼原町の歴史に始まり、これまでの活動やその詳細、そこに込められた町民の思いまで、わかりやすいだけでなく、聴く人の心に残る、お手本にしたいようなプレゼンテーションをしてくれたのです。
聞くと、「積み重ねですよ」と立道さん。一般的に、行政の方々は営業されることはあっても、営業することはほとんどないそう。でも梼原町では、自ら企業へアプローチし、直接オフィスに赴いて対話やプレゼンを行い、時には食事をしながらコミュニケーションもとる。出張した際は、必ず何社も立ち寄ってから帰ってくる。「そういう対話の積み重ねが、プレゼン力はもちろん、企業の方々との利害関係を超えた強いつながりをつくるんです。時には、深く付き合っている企業の方から薫陶を受けることもあるんですよ」
以前、立道さんが提案した施策に対して「それは、本当に梼原らしいのか?」と逆に企業側から意見をもらったことがあるそう。「あなたは、施策の目的を“収益性を上げること”だと言ったけど、それは違うのではないか?わたしは、森林(もり)づくりは人づくりだと、梼原町から学びましたよ」と言われて、企業がいつの間にか梼原らしさを守る側になってくれていたことに感慨を覚えたといいます。
そして、立道さんはさらに驚くような話をしてくれます。
「実は、梼原町の町役場には、普通はあるものがないんです。なんだと思います?」見当がつかないでいると、「クレーム対策マニュアルです。なぜかと言うと、“クレーム”がないからなんです」という答えが。町民からの声をクレームとして処理せず、必要なら、話す、議論する、提案する。これこそ、町民と行政が一体になってまちづくりを行っていることの証だと思いました。
立道さんは続けます。「実は梼原町の国政選挙の投票率、80%もあるんです」
シビックプライドの醸成に大事なのは、まちの自分ごと化です。その意味で、梼原町は、シビックプライドが育つ豊かな土壌ができている、と感じました。
それにしても、なぜここまで「まちの自分ごと化」が進んでいるのでしょうか?立道さんは、「それは“恩送り”という考え方があるから」と語ります。「森林をつくるには、長い時間がかかります。いまある森林は、親や祖父母、そのご先祖が育ててくれたもの。その恩を次の世代に送り続けることで、このまちはつくられてきました。同じように、この梼原のまちを、梼原らしい姿で100年後あるにはどうしたらいいか、といつも考えているんです」
まるで森林を育てるように、“ひと”と“まち”、そしてシビックプライドを育てる好事例です。

今回取材にご協力いただいた、「ゆすはら雲の上観光協会」事業統括部長の立道さん
(取材・文:山下)
