\しもつかれブランド会議代表 青栁徹さんからメッセージ/
現在、しもつかれが受け継がれてきた1000年を再解釈し、次世代に受け継ぐための新たなアプローチを模索するタイミングだと考えております。「正しさ」も大切ですが、「楽しさ」による文化継続の挑戦を続けていきます。2月には多くのお店でしもつかれが楽しめますので、ぜひ栃木にいらしてください。
■概要:リブランディングによって、郷土料理「しもつかれ」を栃木の新たな名物に
「しもつかれブランド会議」は、栃木県に約1000年伝わる郷土料理・しもつかれを、県を代表する魅力的な「観光資産」へとリブランディングするためのアイデアを考え、実践するオンラインサロングループ。学生、飲食店経営者、農家、デザイナー、会社員など、職業や世代を超えた35名程が参加し、それぞれがしもつかれと自身の興味・専門を掛け合わせた企画を立ち上げている。しもつかれブランド会議は、地域の価値を改めて見直す場でありながら、実践を通してブランディングの手法や考え方を学び、自己成長できるチャレンジプラットフォームにもなっている。

「しもつかれブランド会議」では、多様なメンバーが協力して、しもつかれブランドのアップデートに取り組んでいる
■背景・経緯:消えかけていた文化を、地域が誇れるブランドへ
しもつかれとは、サケの頭と大豆、ダイコンなどの根菜を酒粕と一緒に煮込む料理。毎年2月初旬に各家庭でつくられ、近所へ分け合う「おすそ分け文化」とともに、約1000年もの間受け継がれてきた。

栃木の伝統料理「しもつかれ」。ご近所7軒のしもつかれを食べると、病気知らずになるとの言い伝えがある。
材料は正月や節分の残り物で、無駄にしない「もったいない文化」を背景に生まれた、地域の知恵の詰まった一品でもある。栃木県民なら誰もが知る料理でありながら、近年は酒粕の独特な風味やごった煮の見た目から「苦手」と敬遠されがちで、食卓から姿を消しつつあった。料理とともに、しもつかれに込められた文化も消えそうになっている現状に危機感を抱いた栃木県出身のデザイナー・青栁徹さんが発起人となり、2018年にしもつかれブランド会議を設立。現代のライフスタイルやデザインの力を取り入れ、レシピ開発や街頭試食、イベントなどを通して、“新しいしもつかれ文化”の創造に挑戦している。
■実績:クリエイティブの力で広がる、しもつかれの新しい可能性
しもつかれブランド会議は、しもつかれの新たな魅力を発信するため、アートやデザインなどのクリエイティブを掛け合わせた企画を展開している。2021年から2024年にかけて毎年開催した「しもつかれうぃーく」では、県内外の飲食店やクリエイターなどが参加し、しもつかれをアレンジした料理や新たな楽しみ方を提案。

栃木市内のフレンチレストラン「restaurant plath」では、しもつかれうぃーく期間中に「しもつかれむーす」(左)や
「ヤシオマスのスモークとしもつかれロール仕立て」(右)を提供。しもつかれをフレンチに昇華させる試みにチャレンジしている。
2025年3月には、栃木の方言で「もったいない」を意味する「あったらもん」をタイトルに冠したアート展「ATTARAMON展」を開催。しもつかれが内包する「もったいない文化」に焦点を当て、アート・デザイン・音楽などの食を越えたコラボレーションを生むことで、若年層との新たな接点も広げた。こうした発信の成果として、しもつかれは庶民の生活に根付いた食文化を認定する文化庁「100年フード」に登録。県主導の「しもつかれ再調査プロジェクト」も発足するなど、地域の食文化として再評価が進んでいる。

「ATTARAMON展」ではしもつかれの思想的価値である「もったいない文化」を表現したコンテンツが展示された
■展望:次世代の若者たちが、自由にアイデアを解き放てるコンテンツに
しもつかれブランド会議代表の青栁さんは、しもつかれを中心とした輪がさらに広がり、あちこちで新たな文化が生み出される未来を思い描く。その未来に向けて、自らが周囲に働きかけることよりも、自由にアイデアを膨らませて自らの手で動き出そうとする若い世代をサポートすることを重視。しもつかれのさらなる可能性の発掘と拡大に力を注いでいる。また、現在はしもつかれが「2月の食べ物」という季節限定のイメージが強いため、新たな文化醸成を通じて、季節を越えて楽しめる料理へとイメージの刷新を目指す。
取材者コメント (編集部 水本)
ブランディングを通じて、楽しみながらみんなで文化を育てる
しもつかれブランド会議の代表を務めるデザイナーの青栁さんは、かつてはご自身もしもつかれを「苦手な食べ物」だと感じていたといいます。しかし、その歴史を調べるうちに、「おすそ分け文化」や「もったいない文化」など、ひとつの料理に栃木ならではの文化が凝縮されていることに気付き、「アクションさえ起こせば、しもつかれのイメージを変えられるという確信が芽生えた」と語ります。

「しもつかれブランド会議」を設立したブランディングデザイナーの青栁徹さん。
大阪・関西万博の栃木県デザイン共創ディレクターを務めた。
しもつかれに潜む文化を発見し、その可能性に心を動かされた青栁さんの思いを起点に始まったしもつかれブランド会議は、今では地域の人々がしもつかれを自らの文化として捉え、楽しみながら育てていくプラットフォームとして広がりを見せています。県内の大学生が開発した「ご飯にかけるしもつかれ」や、菓子工房こぶしの「しもつかれビスコッティ」などのオリジナル商品もたくさん。また食の分野にとどまらず、しもつかれ作りで大変な「鬼おろし」の作業を楽しくしたいという発想から生まれた「野州鬼おろし唄」や、しもつかれの強い個性ともったいない文化にインスパイアされたアパレルブランド「シモツカレヤンキー」など、それぞれが得意な分野でしもつかれというコンテンツをアレンジしているのが印象的でした。

地元スーパー「かねふくストア」お手製のしもつかれ(左端)、
大学生が開発した「ご飯にかけるしもつかれ」(中)、「しもつかれビスコッティ」(右端)。

「野州鬼おろし唄」や「シモツカレヤンキー」など、食の領域以外でも、しもつかれ発想の様々な企画が生まれている
取材を通して感じたのは、「しもつかれを残したい」という思いが、“誰かひとりの取り組み”ではなく、“まちのみんなの行動”として根付き始めていることです。「誰かが旗を振らないと続かないものって、本当の文化なのかな?」という青栁さんの言葉は、そうした空気を象徴するものであり、私の中でシビックプライドの考え方と重なるところがありました。
大きな掛け声や旗振りがなくても、自然と人々の暮らしの中に根付いていくものこそ、地域の文化であり、“誇り”と呼べるもの。そして暮らしに根付く文化とは、その時々の暮らしに合わせて姿を変えていくものでもあるはずです。
しもつかれは、約1000年の間で、レシピや見た目を変えながら受け継がれてきたといいます。しもつかれのブランディングを考えることは、その長い歴史を振り返りながら、未来への受け渡し方を考えることでもあります。現在のしもつかれは、「食」の分野を越えて、地域への愛着と誇りを象徴するものへと変化していますが、形が変わっても、そこに込められた思いは変わらない。これからもしもつかれは、人々の暮らしの中であたたかく受け継がれていくのだと感じました。
