「Gehl Architects」(以下、ゲール社)は、コペンハーゲンに本社を置く世界的な都市設計・デザインコンサルティング会社 で、公共スペースや都市開発に関わる企画および建築設計、デザイン領域では世界的なリーディングカンパニーだ。
そのチームディレクター、ソフィア・シュフさんの来日に合わせて、「人間スケール」「人中心」の街づくりを哲学とするゲール社がどのような考え方や手法で仕事を進めているのかについての話を聞いた。
〈後篇〉では、ゲール社を語る上でのもう一つの重要なキーワード「アクティビティ」についての話をお届けする。
そこには、日本における街づくりにも活かせるたくさんのヒントが詰まっていた。
-
-
Sophia Shuff(ソフィア・シュフ)さんゲール社のチームディレクター自治体などの公的団体や慈善団体の戦略づくりを担うチームで主に慈善団体のクライアントの案件を率い、「人と地球の幸福を最優先するまちづくり=Making Cities for People & Planet」という哲学のもと、地域やコミュニティがより健康的に変化するよう指揮をとる。
人類学者としての経歴と、環境における人間の経験に対する深い理解のもとに、都市変革のプロセスが持続的な社会的・健康的影響を促進することに貢献する。
-
“ソフト”視点でのインフラをどうつくるか
ゲール社を創業しているヤン・ゲールさんが執筆している本では、よく「街やコミュニティの”アクティビティ”をどうつくるかが、心地いい街づくりのためには重要だ」ということが書いてある。そこで気になるのが、〈前篇〉で話していた「感覚のスケール」の違いだ。そこに住む人たちが、それぞれ異なる「感覚のスケール」を持っているということは、アクティビティも多様でなくてはいけないのだろうか?
ソフィア:その通りです。よくアクティビティをつくる、というと、スポーツ施設やエンターテインメント施設など大きな投資を伴う場所をつくるものと思われがちですが、そうじゃなくてもいいんです。
例えば、ガーデニングやアートなどの文化を公共の場でできるようにするとか、子供のための遊び場をつくるとか、高齢者が集まれる場所をつくるとか様々なやり方があります。特に、子供と高齢者のためのインフラが整っている街が、いい街とされていますね。
また、インフラ、というのは二種類あって、ハード、つまり、施設や場所をつくる、というだけではなく、ソフト視点でのインフラもあります。
キャンペーンやメディアをつくる、アクティビティへの登録サービスをシンプルにする、学校から遊び場に行く途中、子供たちが遊びながら歩いて行ける工夫をする。それらは、一見、チープで簡素なものに見えるかもしれませんが、効果はあります。 そこまで大きな投資をしなくても、効果的なアクティビティはつくれるんですよ。
ということは、例えば自治体の規模の大小や、予算や人口の多寡に関わらず、地域を活性化させるアクティビティは可能だということだ。
ただ、日本で、シビックプライドを育てる活動を実施している人や団体の取材をしていると、地域の人が積極的に動ける土壌がないのでは、と感じることも多い。
それは、コペンハーゲンなどと比べて、日本にそういう文化的な基盤がないからなのだろうか?
ソフィア:それは、自分が街をよくするために、どう動いていいかわからない人が多いからだと思います。街をよくするためには、二つの方向からの力、行政などがトップダウンで動く力と、住民などがボトムアップで動く力、その二つの力が必要なのですが、ポイントとなるのは、その二つの力をつなげる、中間地点にいる存在なんです。わたしたちも、常にそういう存在であろうとしています。
コンサルタントという立場上、自分たちがいいと思ったことをすべてかなえられるわけではないので、プロジェクトを通じて、コミュニティや団体、熱意のある個人などを見つけ出すなどをして、トップダウンとボトムアップを結び付けるプラットフォームをつくることを心がけています。
確かに、編集部が取材した「飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト」(記事はこちら)では、地域おこし協力隊として飛騨市に来た岡本さんが「官と民の架け橋」になっていたし、相模原市役所の「中の人」さんも(記事はこちら)、市役所職員でありながら、トップダウンとボトムアップをつなげる役割として活躍していた。
では、そういう「熱意のある第三者」をどうやって見つければいいのだろう?
ソフィア:それはもう、時間をかけて見つけるしかないですね(笑)。できるだけ色んな場所に出向く、そこで出会った人と話す。そしてその人からつながった人にまた会いに行く。とにかく現地に行かないとわからないです。いい活動をしている人は、意外と自分で発信していなかったりするので。
ただ、わたしたちは、それをサポートするフレームをつくろうとしています。
いまわたしたちが手掛けているアメリカのプロジェクトで「AWE」というものがあります。AWEとは、人が感動したり驚いたりしたときの言葉なんですが、様々なコミュニティの人たちが、それぞれの街や地域において、何に感動するのか? 何にびっくりするのか?ということをデータベース化して、オープンソースで活用できる形にしよう、という活動なんです。
そのために、人の感情をデータ化するためのAIもつくったんですよ。AIに向かって人が話すと、AIが感情を感知してデータ化する。例えばウォーキングしている時に、何を見て、どう感じるのかをデータとして集めたり。そのデータを見れば、地域でどんなモノやコトが住民の心を動かしているのかがわかりますから、その提供元をたどると、地域を活性化する軸となる存在が見つかるかもしれません。 わたしたちは、そのプラットフォームを、他の街でも使えるようにしたいと考えています。
「シビックプライド」という感情を計測するには?
感動や驚きのデータ化、という話が出たので、今度は、シビックプライドのデータ化、について聞いてみることにした。
というのも、シビックプライドに関してよく議論されるポイントとして「それをどう計測するか」があるからだ。 例えば、このシティプロモーションはシビックプライドの向上にどのくらい役だったのか、などシビックプライドという感情をどうデータ化すればいいのかについてヒントを伺った。
ソフィア:シビックプライドはデータ化することができると思いますよ。例えば、幸福度を測るインジケーターがあるように、シビックプライドも適切な指標があれば、測れると思います。
シビックプライドにつながる条件とは何なのか、例えばイベントへの参加、投票、生活の質、社会的なつながりの数など、そういう条件リストをつくって、例えば1年に1回調査をすることができると思います。
ちょっとそれとは違う事例なのですが、とても面白い地図があるので紹介しますね。
ニューヨークの地図なのですが、住んでいる人の感情や、同じ意見を持つかどうかによって、ピクセルで色分けされている地図なんです。
例えば、ブルックリンの中でも「南ブルックリン」に住んでいる人たちは、自分たちを「ブルックリン住民」とひとくくりにされるのを嫌がるんですね。あくまで「南ブルックリン」に住んでるんだと。
このように、感情を計測してデータ化して、エリアを分けると新しい街の姿が見えてきます。シビックプライドも同様に、計測することで、新たな地域の姿が見えてくるかもしれません。
自分の「アイデンティティ」を可視化する
「ブルックリン」ではなく「南ブルックリン」という感覚は、日本でもある。例えば、「神奈川県」ではなく「横浜市」や、「兵庫県」ではなく「神戸市」のような。そして、そんな風に細かく区切った方が地域のアイデンティティが強くなる一方で、大きな力のある動き、例えば県で一体となって何かをする、ということはやりにくくなる懸念もある。細かくとらえた方がいいのか、大きくとらえた方がいいのか、どっちなのだろうか?
ソフィア:色んなものをまとめて、一つの大きなアイデンティティをつくるのは、比較的簡単ですよね。そして、マーケティングとして売っていこうとすると、そっちの方がやりやすいと思います。
例えば、「津軽地域」だけじゃなくて「青森県全体」で観光プロモーションをするようなことですね。
わたしが思うのは、細かくとらえるか大きくとらえるか、というよりも「誰がオーディエンス(届け先)なのか」で決めていく必要がある、ということです。マーケティングの基本的な問いと同じですね。
なので「地域のアイデンティティをどうつくるか」という問いではなく、「このオーディエンス(例えば住民)のアイデンティティを可視化すると、どういう地域になるのか」という問い、ということです。 自分のアイデンティティが、その地域に可視化されていると感じれば、地域に関する興味も沸きますし、より自分のこととしてとらえられるようになりますから。
最後に、ソフィアさんの仕事観について聞いてみた。
都市計画に関わる仕事は、とてもロングタームで行われるので、ともすれば、いまやっている仕事の成果があらわれるのは、10年後、20年後かもしれない。
そんな中、ソフィアさんが仕事において達成感を感じる瞬間というのは、どんな時なのか?
ソフィア:確かに、わたしたちの仕事は、とても長期に及ぶものなので、最終的に何が実行できたかを見届けられない可能性もある仕事です。そんな仕事において、わたしが一番達成感を感じるのは、「人々のマインドセット(考え方)を変えることができた」と感じる瞬間です。
例えば、住民が自分たちでプロジェクトを立ち上げたり、行政が新しくコミュニティに携わる人を雇ったり、新しい仕組みをつくったり、定性的なデータを集め始めたり、そういう仕事のやり方が変化したことを見ると、わたしたちのやったことがマインドセットを変えたのだ、と感じます。それは、大きなインパクトを生む最初の第一歩がつくれた、ということですからね。
編集後記
ソフィアさんとの約1時半間のインタビューは、とても刺激的で、学びの多い時間だった。
そして、インタビューの前と後で「シビックプライド」のとらえ方の解像度が上がった気がした。
それは、最先端の考え方を聞いたからではなく、「本当は大事なのに見過ごされがちなこと」「バイアスのないクリアなレンズを通してしか見えてこないこと」の大切さに改めて気づいたからだ。
ゲール社は、もともと建築家だったヤン・ゲールさんと、妻で心理学者だったイングリッドさんが「建築と心理学の領域を超えて」立ち上げた会社だ。今では、それに加えて、社会学、人類学、データサイエンスなど様々な領域の専門家が、それぞれの強みを活かしながら活動している。
ジャンルの異なる専門家を抱えながらも、その「都市をみるレンズ」がくもらないのは、その中心に「人と地球のための都市づくり」というビジョンがあるからだと思う。
都市づくり、場づくりには様々なプレーヤーが参画し、それぞれ価値観も求める利益も違う。だけど、「シビックプライド」という共通のビジョンがあれば、都市をみるレンズをクリアに保ったまま活動することができるのではないか。
「シビックプライド」の役割について、認識を新たにできたインタビューだった。
(取材:小関/文:山下)