2023年12月に公開されたヨーロッパ、アメリカ、アジアにおける主要都市に居住する市民を対象にした「グローバル・シビックプライド調査」(詳細はこちら)。ここでは、調査を担当したリサーチャーが自分の“推しデータ”とともに、調査を通して“個人的に”感じたことや考えたことを語ります。
Vol.3の今回はリサーチャーの城が担当。フィンランドの首都であるヘルシンキの調査結果をご紹介します。
フィンランドやヘルシンキというと、どんなイメージが浮かぶでしょうか。森と湖と百夜の国?ムーミンとサンタクロースの故郷?やっぱりサウナ?この数年で世界的に話題となっているのは、国連の幸福度調査で1位を連続して取り続けており「世界一幸福な国」と言われていること。そんな国の首都におけるシビックプライドは、果たして……?
現地で暮らす日本人の現地リサーチャーへの取材調査もふくめてレポートします。
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城 雄大都市生活研究所 所長2011年より都市生活研究所に所属。商業施設の開発支援やマーケティング業務を長く担当していたこともあり、家族とショッピングモールやアウトレットに行っても、自分の買い物よりも来ている人たちのプロフィールや行動を観察する方が楽しくなってしまう体質となりました……。
7年連続で幸福度No.1となったフィンランド
毎年国連が発表している「World Happiness Report」が、今年も3月に発行されました。今回のレポートで幸福度1位にランクインしたのはフィンランドとなり、これで7年連続での1位獲得!ちなみに日本は51位(前回は47位)となりました。
フィンランドの人々は、なぜそこまで幸福なのか?世界中で様々な議論がなされてきましたが、どうもこの幸福度調査の指標設計に背景があるようです。日本人の私にとって「幸福」と聞くと、個人や家族の心身の「健康状態」と、日常生活ならびに収入などの「満足度」が重要な指標になる印象がありますが、国連による幸福度調査の指標はそれだけではありません。たとえば社会や政治への信頼度や他者への寛容度、人生における選択の自由さや社会の平等性など、個人としての感情面だけでなく社会的な視点での指標がより重視されています。このような社会生活に関連する指標が、フィンランドをはじめとした北欧諸国のランキングが高くなる一因となっているようです。
この件について、現地リサーチャーに聞いてみました。
“フィンランドの人たちは、幸福度No.1の結果に対しては比較的シニカルに受け止めている人が多いんです。「あくまで指標でしょ」「幸せって、誰が決めるの?」といった意見が多いです”
自分自身の幸福に関して、他人、ましてや他国と比べるのではなく、自分の中の基準を大切にしていて、「それでよい」という価値観が広く市民に行き渡っているようでした。
首都ヘルシンキのシビックプライドは、はたして高いのか?
このように社会的意識の高いフィンランドの首都ヘルシンキでは、市民におけるシビックプライドはさぞかし高いのではないか?そんな予測をしながら今回のグローバル・シビックプライド調査の結果をワクワクしながら見てみました。すると、少し意外な結果となっていたのです。
「愛着」は全体平均(78.8%)よりも低い68.5%という結果、そのほかの「共感」(平均値73.9%→71.9%)や「誇り」(平均値75.6%→79.5%)については、ほぼ平均スコアとなっていました。
特に「愛着」が低いのはなぜなのか?他の設問項目を調べてみると、ヘルシンキ回答者における「その街の出身者」が他の都市と比べて比較的少ないという特徴を発見しました。
今回の調査は「その街に現在住んでいる人」が対象ですが、ニューヨークの回答者におけるニューヨーク出身者の割合は78%、ロンドンの回答者におけるロンドン出身者の割合は63%であるのに対して、ヘルシンキの回答者におけるヘルシンキ出身者の割合は49%となっていました。この点に関しても、現地リサーチャーに聞いてみました。
“フィンランドは人口550万人程度の非常に小さな国なので、企業や経済活動、大学などの高等教育機関はヘルシンキ周辺に集中しています。なので、地方出身者が就職や大学入学を機にヘルシンキに移り住むケースは確かに多いです”
街に対する「愛着」が醸成されてゆくには、その街で過ごす「時間」の積み重ねが必要なのでは?
言われてみれば当たり前に聞こえるかもしれませんが、今回の調査によって具体的なデータとしても明らかになったように思います。ヘルシンキ市民は、自分がいま暮らしている街に対して利便性や安心安全な環境などを理由に、とても住みやすくて良い街であると評価しており、それが比較的高い「継続居住意向(今後も住み続けたい)」につながっています。しかし「愛着」にまで到達しているかというと、まだまだ自分の出身地である故郷の町の方に「愛着」を抱いている…という状況なのかもしれません。 ちなみに東京の回答者における東京出身者の割合は31%、大阪は40%で、ヘルシンキよりもその街の出身者が少ない状況です。
教育・学びの都市環境が、市民と経済を元気にしている街
私は2022年の秋に、ヘルシンキ市に隣接するエスポー市でフィールドリサーチを行ったことがあります。主なテーマは、北欧型の産官学連携の先進事例のリサーチ。そこでは行政による強力なリーダーシップの発揮と市民との共創環境づくり、大学が国や企業と一緒になってスタートアップのためのエコシステムをキャンパス内に生み出し運営している様子など、非常に刺激的な街の取り組みを目撃することができました。フィンランドでは小中学校はもちろん、大学院まで学費は無償。しかも大学・大学院の学生には生活支援として一定の生活費補助もあるため、一度仕事に就いた人が会社を辞めて再び大学院に通うケースも珍しくはないとのこと。人生におけるどんなタイミングでも「学びたい!」と思えばその選択肢が常に用意されており、誰もがチャレンジできる環境と制度が整っています。現地の大学では、年齢も含めて本当に多彩な人々が学んだり、ビジネスアイデアを議論し合ったりしている光景を目にすることができました。そのおかげか、近年では欧州の中でもトップクラスのスタートアップ経済大国となりつつあります。
またもうひとつ印象的だったのが、市民の居場所としての巨大な図書館「Oodi(オーディ)」。カフェがあるのはもはや当たり前で、3Dプリンターを設置した工作室や楽器も貸し出す音楽スタジオ、映像編集やeスポーツもできる機材スタジオなどなど、市民の様々な「やりたい」を叶える超多機能空間&市民の居場所となっていました。
市民の学びや大小様々なチャレンジを応援・支援する都市機能は、間違いなくこの街の人々における活性度を上げていて、ひとりひとりの能動性を引き出していると感じました。
“やりたいことを、やりやすいまち”―たしかに「愛着」にまで至りきらない市民と街の距離感ですが、きっと近い将来には他の欧州都市にも負けないようなシビックプライドにあふれる街になっているのではないでしょうか。
(文:城)
■ご興味ある方に、調査の詳細結果や、海外8都市に住むリサーチャーが現地の暮らす住民として感じるシビックプライド(インタビューコメント)について掲載した『グローバルシビックプライド調査レポート』をPDFファイルにてご提供しています。 レポートご希望の方は「CONTACT」からお問合せください。