沖縄本島北部に位置する国頭郡大宜味村(おおぎみそん)。青く透き通る海のすぐそばに、2016年をもって廃校となった旧津波(つは)小学校の校舎が佇む。かつて子どもたちの元気な声が響いたこの場所では今、全国から大きな関心が寄せられる新たな地方創生の一手が動き出している。
それは、独自の技術とICTを融合させた国内最先端の陸上養殖場。各地で気候変動に伴う海洋環境の変化や漁獲量の減少などが叫ばれる中、漁業権が不要であることもあり、漁業者のみならず、地域課題の解決に取り組む様々な分野の人々からも広く注目を集めている。
今回の取材先は、沖縄の「三大高級魚」の一つである「アカジンミーバイ(スジアラ)」の赤色化に国内で初めて成功した紅仁株式会社、そして、ICT技術による陸上養殖システムの標準化と普及を目指して協働するNTTグループの株式会社NTTアクア。
それぞれの技術と情熱がどこから生まれ、どのように志を一つにすることになったのか。さらに、陸上養殖を起点に生まれるシビックプライドへの思いを聞いた。

学校の面影が随所に残り、
養殖場と学校の狭間にいるような不思議な感覚に包まれる
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後藤徳彦(ごとう・のりひこ)さん紅仁株式会社代表取締役神奈川県藤沢市出身。20代前半に世界有数の魚の種苗生産国である台湾の養殖事業に出会い、その後、海水熱帯魚をはじめとした種苗繁殖事業に従事。沖縄での仕事を縁に移住し、2017年に旧津波小学校を活用したアカジンミーバイの陸上養殖のため、紅仁株式会社を立ち上げた。 -
野瀬英則(のせ・ひでのり)さん株式会社NTTアクア営業戦略部長埼玉県深谷市出身。2015年から沖縄振興に貢献する新たなビジネスモデル創出に従事。後藤さんとの出会いにより、社会課題と地域課題の解決に貢献できる陸上養殖事業の実現に向けて、株式会社NTTアクアの設立に関わる。
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海に囲まれた沖縄で、なぜ「陸上養殖」が!?
10月上旬と言えど、真夏を思わせる暑さとなったこの日の沖縄。那覇空港から車でおよそ1時間半、どこまでも広がる海を横目に進むと、南国を思わせる木々の間から旧津波小学校の校舎が顔を覗かせる。かつての面影をそのままに残した正門の柱には、まだ新しさの残る「紅仁株式会社」の看板が掲げられていた。
「どうぞどうぞ。お待ちしておりました」。編集部を和やかに迎え入れてくれたのは、紅仁とNTTアクアの皆さん。紅仁代表の後藤徳彦さんをはじめ皆さん、気持ちよく日焼けした肌に黒いTシャツ姿で、一見すると、どの方がどちらの会社なのか見分けがつかない。NTTアクア営業戦略部長の野瀬英則さんも、「紅仁」のロゴマークが描かれたTシャツを着ており、「我々に垣根はありませんから」と白い歯をこぼす。

早速、後藤さんの案内のもと、かつての校庭に整備された陸上養殖場の建屋に入ると、中にはサイズの異なる60台以上もの水槽が並び、透き通った水の中で立派に成長しつつあるキングタイガーグルーパーや、養殖魚種の拡大へ検証中のサバなどの姿があった。


「水に手を入れて匂いを嗅いでみてください」。そう言われて実際に水に浸した手を嗅いでみると、全くの無臭。思い返してみれば、この場所に到着してから今まで、養殖場特有の魚の匂いが全くしないことに気付いた。
これほどの数の水槽の水を匂いがしないほど綺麗に維持するには、さぞかし大規模な濾過槽が必要なのだろうと想像していると、後藤さんが「どうぞこちらへ」と近くの扉の向こうへと案内してくれた。そこは決して広くはなく、バスの車幅ほどの奥行きがあるだけの細長い廊下のような場所で、整然と機械が並んでいる。
一般的な陸上養殖場では、バクテリアなどの微生物を利用して水中の有害物質を分解し水を浄化する生物濾過槽が用いられており、その場合、水槽を設置しているスペースと同じくらいの面積が必要になるのだが…。それだけに、「実は僕らの濾過設備はここにあるものが全てです」という後藤さんの言葉に、思わず「え? これだけ?」と声が漏れてしまった(濾過システムは独自技術のため非公開)。
後藤:一般的な陸上養殖場で使われている生物濾過槽の設置には、かなりのスペースを確保する必要があるんですが、僕らが独自に開発した循環型の物理濾過システムでは、限られた狭いスペースさえ確保できれば、生物濾過以上の性能と安定性を実現できるんです。
また、NTTアクアの野瀬さんは各水槽の上に設置されているカメラや、水槽内に設置されたセンサーを指差して続ける。
野瀬:あのAIカメラで各水槽の一匹一匹の魚をモニタリングして、さらに、水槽内のloTセンサーでは水質の状態をリアルタイムで把握できるようにしています。私たちはこれらによって、熟練者の経験と勘をデータで裏付けて標準化し、会社を辞めて明日からでも始められるような「誰もが参加できる陸上養殖」として全国へと広めていくことを目指しているんです。これが実現されれば、気候変動の影響を受けにくい持続可能な産業として、陸上養殖が地域活性化への大きな一手になるはずです。

漁業者との共存と地域とのつながり
学校の教室だった空間は、県内外からの視察や、県内水産高校からのインターンシップの受け入れなどに対応できるよう研修場所としてリフォームが進んでいるほか、6次産業化※1を模索するための調理室やNTTアクアの方々の宿泊部屋なども整備されており、ただ「技術」だけを伝えるのではなく、宿泊研修などを通じて、いわゆる“同じ釜の飯を食う”中で、同時に「思い」も継承することを大事にしている。
※1 農業や水産業などの1次産業(生産)に、食品加工の2次産業(製造)と、流通・販売の3次産業を組み合わせ、一体的に行う取り組み

また別の一画には、国内では手に入らない陸上養殖用の餌を独自に調合するための調合室もあり、そこにはこれまた独自に開発した調合機も設置されている。
なぜそうした餌や機械が手に入らないのか。その裏には、日本が海に恵まれてきたからこそ、海の急速な変化に対応するための技術や知見が海外に比べて非常に遅れているという背景があるという。そのため、新たな取り組みを進める上では常にゼロから作る苦労が付きまとうが、紅仁の皆さんもNTTアクアの皆さんもそれを苦労と感じるよりも、むしろ楽しんでいるようですらある。それはまさに、皆さんが着ている紅仁のTシャツに書かれた「やってみよう!!」という合言葉そのものであり、実際に、養殖場にある多くのものが「ないなら自分たちで作る」という、最先端ながらクラフトマンシップあふれる精神によって成り立っているのである。

後藤:日本は海に囲まれている分、漁業や海面養殖は盛んですが、その分、陸上養殖に関して、サプライチェーンなどが遅れているのが現状です。それが今、海の急速な変化への対応として陸上養殖に解決策を求める人が増え始めている。だからこそ、僕らはそうした全国の地域課題の解決のために、誰でも再現可能な陸上養殖の普及を進めているんです。
施設内の見学を終えて外に出たところで、「せっかくなのでこちらにも」と野瀬さんに呼ばれ、隣接する護岸に上がる。
野瀬:本当に素敵な場所でしょう。私も休みの日にはよくここで釣りをしているんですが、実は、この場所も魚がいなくなったと言われていた時期があったんです。
それでも、ここ数年は魚が戻りつつあるらしく、その理由を尋ねると、野瀬さんはある場所を指差しながら意外な答えを返した。
野瀬:この護岸から飼育水を排水しているんですが、よく見てみると排水場所の周りで藻が育ち、カニがそれを食べ、さらに、そのカニを食べに魚が集まってきているんです。今では魚が増えているようで、最近は釣り人の姿も戻り始めています。

取材前、編集部の中で聞くべきかどうか迷っていた質問がある。それが、陸上養殖と漁業者が競合しないのか、というものだった。しかし、この疑問に対して野瀬さんは「むしろ逆ですね」と笑顔を見せる。こうした海洋への好影響もあって、今では漁業者との間で理解と共存の関係が築かれているのだという。
野瀬:去年、飼育水を活用して海ブドウを育てるアクアポニックス(水産養殖と作物の水耕栽培を組み合わせた循環型システム)を試みたのですが、その時に使った種はまさに地元の漁業者の方にいただいたものでした。また、この養殖場では種苗だけでなく、一部は検証も兼ねて成魚まで育てていて、それを地域のお祭りや学校給食に提供するなど、地域とのつながりも大切にしているんです。
次世代への食文化と技術の継承
護岸から戻った後は、かつて「多目的ホール」だった場所で、後藤さんと野瀬さんから、改めて現在までの歩みや今後の展望などを伺った。

後藤:はじめにお伝えすると、僕はそもそも沖縄の出身じゃないんです。生まれ育ったのは神奈川県藤沢市で、もっと言えばこの世界に入るまでは、魚を触るのも、食べるのもあまり好きではなかった。そんな僕がなぜ今、こうして陸上養殖をしているかと言えば、きっかけは20代のアルバイト先で台湾からの留学生だった僕のパートナーに出会ったこと。台湾は世界有数の魚の種苗生産国で、パートナーは「日本でも海水熱帯魚を広めたいんだ」と言って、そこから僕も養殖の世界に入りました。
そう養殖事業に携わることになったきっかけを明かす後藤さん。その後、世界各国で種苗のプロジェクトに関わるなど活躍しており、沖縄との縁もそうした延長線上でもたらされたものだったという。
後藤:28年くらい前ですかね。沖縄で「スギ」という魚の養殖が始まったんです。それでちょうどその頃、台湾でスギの種苗の養殖もしていた僕に声が掛かって、沖縄に種苗を卸し始めた。以来、沖縄の方々と親しくさせていただいて仕事をしているうちに、いつの間にか住み始めてしまった、というわけなんです。
沖縄で暮らし始めてからは、沖縄に対する愛着が増していくと同時に、温暖化や赤潮、軽石の漂流など沖縄の海が直面する課題にも直に触れていった。沖縄を「第二の故郷」と呼びながら、後藤さんは続ける。
後藤:沖縄のために自分にできることはないかと考えていたんです。そんな時に、養殖では実現が難しいとされてきたアカジンミーバイの赤色化に成功した。このアカジンミーバイはその赤い体色から縁起が良いとされる沖縄の「三大高級魚」なのですが、地元の人に聞いたら、そもそも希少な上、多くは県外や海外に卸されて、ほとんどの人が食べたことがないと言っていたんです。大切な食文化を守る意味でも、この技術を次の世代に継承するためにも、「アカジンミーバイを地元の人が普通に食べられるようにしたい」と会社を立ち上げて今に至ります。
こうして始まった紅仁の取り組みは注目を集め、それによって、後藤さんのもとには多くの企業がシステムや設備の売り込みに来るようになったのだが、後藤さんはそれらを全て断っていたという。ではどうして、NTTアクアとの協働は実現したのか。野瀬さんが当時を振り返る。

野瀬:NTTグループでは2015年から、地域活性化に対して積極的に取り組んでいく方針を打ち出して、沖縄でも当初は地域課題としてよく耳にする交通や医療など、私たちの技術が活用できそうな領域を模索していたんです。するとある日、「面白い取り組みをしている人がいるよ」と紹介され、そこで出会ったのが後藤さん。NTTでは東日本大震災の漁業者支援を行っていたこともあり、私も水産業が地域創生に果たすポテンシャルの高さについては認識していて、だからこそ後藤さんに地域活性化や地域経済に対して一緒に何かできないだろうか、ということを軸にお話をさせていただきました。それからは何度も通ううちにいつしかお互いの夢を語り合うような関係になっていきましたね。
後藤:他の企業とは違い、野瀬さんはモノを売り込みにきたのではなく、一緒に作り上げていきたいと言ってくれた。加えて、陸上養殖の普及には、僕らが感覚や勘でやっている部分を実際に一緒に肌で感じながら、数値・可視化して標準化することが必要で、まさにNTTアクアはそこに応えてくれたんです。
新たな担い手を育む「地域に開かれた」養殖場
陸上養殖のシステムが確立され、全国への普及を進めていく中、後藤さんが今、力を入れているのが将来の地域の担い手となる人材の育成。紅仁の中でも最若手の喜屋武功矢(きゃん・こうや)さんの名刺には、そうした期待を込めて「未来のリーダー」という肩書きが書かれている。喜屋武さんは祖母が暮らす縁で長崎鶴洋高校を卒業。長崎での就職も視野に入れたが、紹介を受けて地元に戻り、紅仁に就職した。

喜屋武:僕が入社した頃はまだ設備を作っている途中で、一番最初にやった仕事は配管を切る作業でした(笑)。確かに設備はまだありませんでしたが、僕としては養殖では誰も実現できていなかったアカジンミーバイを赤くすることに成功したとか、陸の上で養殖をして地域を元気にしたいといった話を聞いただけでワクワクして。実は僕自身も、アカジンミーバイは知っていても食べたことがなかったんです。なので、養殖が始まって初めて食べた時は、何よりも「アカジンミーバイを食べた」ということ自体に感動しました。

こちらも陸上養殖で育てられたもので身がぷりぷりとして非常に美味しかった
喜屋武さんは今、技術や知識を習得しつつ、沖縄水産高校での講話に登壇したり、高校生のインターンの受け入れを担当するなど、自身が得た知識や経験を地域の水産業を志す若者たちに広げていく活動もしている。そうした喜屋武さんの働きぶりを野瀬さんも称えながら、土台となる思いの重要性を語る。
野瀬:設備やシステムはもちろん重要ですが、やはりそこに夢や思いがないと、ただの作業者になってしまう。喜屋武君は思いがあるからこそ、正解のない陸上養殖用の餌の調合で自分なりの試行錯誤をしたり、提案をしてくれたりする。そこは「誰でも参加できる陸上養殖」の普及を目指しながら、唯一「誰でもいいわけではない」部分かもしれないですね。
さらに紅仁では、地域への還元・協働のために、常に開かれた場所であることも大切にしている。そうした取り組みの一つが、前述の地元小学校の学校給食へのアーラミーバイの提供であり、きっかけは一人の小学生の言葉だったという。
後藤:ここには地元の小中学校の子どもたちが社会科見学に来てくれたりもするんですが、一人の女の子が夏休みの宿題で陸上養殖を取り挙げたいと連絡をくれたんです。それで餌やり体験や試食もしてもらって、その作文に「いつか私たちの学校の給食にもアーラミーバイが出るかも」と書いてくれていた。それを見て、よしその夢を叶えてあげよう、と実際に給食に提供することにしたんです。そういうふうに小さい頃から陸上養殖や地元の食文化に触れてもらうことで、少しでも地元の誇りに感じてもらえたら嬉しいですし、将来、紅仁で働きたいと思ってくれる子が出てきてくれたら、それはさらに嬉しいですよね。

「陸の魚」と「陸の海」の両輪による貢献
こうした陸上養殖を起点とした地域活性化の取り組みは始まったばかりで、紅仁とNTTアクアには実現したいことがまだまだある。その一つが、年間300万人が訪れる観光スポットの辺戸岬に向かう道中にあるこの大宜味村を、ただ通過する場所ではなく、立ち寄って楽しめる場所にすることだ。
後藤:「せっかく大宜味村を通るならアカジンミーバイを食べていこうよ」と言ってもらえる場所にしたいんです。そのために例えば、大宜味村は「シークヮーサーの村」でもあるので、シークヮーサーを餌に混ぜて風味を豊かにした「シークヮーサーアカジン」も模索中ですし、干物などの加工品の開発も進めていて、将来的にはふるさと納税の返礼品にしていきたい。陸上養殖を起点として技術を継承しながら、経済的にも文化的にも地域に貢献もしていきたいんです。
さらに、陸上養殖システムを確立してきた過程で生まれた新たな夢が、今まさに動き出そうとしている。それがシステムを活用して陸の上に海洋環境を再現する「陸上の海」による地域観光の創出である。


野瀬:「陸上の海」は深さ15mほどのプールのような場所に海を再現した全天候型の施設です。これが実現すれば、天候に左右されずに、ダイビングなどの様々なアクティビティはもちろん、教育にも活用できる。「陸の魚」と「陸の海」という産業と観光の両輪で地域活性化に貢献できると考えているんです。
後藤:沖縄の海には綺麗な魚たちに出会えるというイメージがあるかもしれませんが、実際には昔に比べると魚の数も減ってきているのが実情です。その時に「陸上の海」でなら、とても綺麗だった30、40年前の沖縄の海を再現できるだけでなく、その美しくて豊かな海を実際に体験することもできる。そうすることで、「海を大切にしたい」という気持ちがたくさんの人の中に育まれて、「陸上の海」から本当の海をもう一度豊かにできるかもしれない。周りから見れば突飛で非現実的に思えるアイデアなのかもしれませんが、今はこんな夢を、NTTアクアと一緒に真剣に、でもワクワクしながら語り合って作り上げようとしています。
陸上養殖とICTのそれぞれのスペシャリストが協働して始まった沖縄での取り組みは、産業としてのソリューションだけでなく、地域の誇りや文化、さらには沖縄の海の豊かさを、未来へと継承していく取り組みでもあった。一方で、それは決して技術だけがあれば実現できるものではなく、それを支える思い、その思いを共有し、語り合える仲間がいてこそ実現できるものでもある。紅仁の思いに、NTTアクアの思いが重なったように、今、その輪は確かに地域へと広がり始め、これからさらに大きくなっていく。
そして何より、この物語は沖縄だけでは終わらない。稚魚が各地に届けられて成長していくように、ここから始まった陸上養殖を起点とした地方創生の挑戦と思いもまた、これから各地でそれぞれに大きく成長し、さらに未来へとつながるシビックプライドの種となっていく可能性を持っている。
編集後記
取材を終えて集合写真を撮らせてもらう時、どこで撮影するのが良いかを皆さんに尋ねた。海が見える護岸、学校の校舎の前、養殖の水槽の間。提案していただいた場所はどれも捨てがたく、どうしようかと悩んでいると、最終的に校舎の2階にある図書室に決まった。
その図書室の扉を開けて驚いた。海側は一面がガラス窓で、まるでこの場所が海の上にあるかのように錯覚するほど。現在は使われていない場所らしく空っぽの本棚が残るだけだったが、かつてはこの場所で子どもたちが本を読み、海を見つめていたのだと想像すると、改めて沖縄の海が、食だけでなく、人々の心にも多くの恵みをもたらしてきたことに気付かされる。

校舎の2階にある図書室からは、海が一望できる
「ここをカフェにできたら面白いよね」「夏の学校を使って怪談話をするイベントも良さそう」「映画の上映会なんかをしたら喜んでもらえるかも」。
集合写真の撮影の合間にも、そんな“いつかやりたいこと”を語り合うその姿は、どこか高校時代の部室で過ごす青春の時間のようでもあり、また、文化祭前の特別な瞬間の中にいるようにも見える。その姿からはまた、自分たちが楽しみながら、さらに地域のために何ができるか、という、後藤さんが創業から抱き続けてきた思いが確実に伝わっていることを実感する。
そうして撮影した集合写真は、美しい海以上に、皆さんの笑顔がまぶしくて、ともに地域を想える仲間がいることの素晴らしさを改めて感じさせてもらった気がした。
(取材:山下/文:近江)
