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TOPTALK & INTERVIEW私たちって想像以上に“すごい”のかも!?リサイクル活動で培った、まちを自分ごとにする力

2025.08.18

私たちって想像以上に“すごい”のかも!?リサイクル活動で培った、まちを自分ごとにする力

リサイクル率日本一の鹿児島県大崎町が目指す「世界の未来をつくる町」の姿〈前篇〉
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今回編集部が訪れたのは、鹿児島曽於(そお)郡にある大崎町。大隅半島の東部、志布志(しぶし)湾に面した自然豊かなこのまちには、約1万2000人が暮らしている。
大崎町では、住民がごみを28品目に分別し、徹底した資源のリサイクルを実践。これまでにリサイクル率日本一を16回達成していて、社会全体の環境意識の高まりを背景に国内外から注目を集めてきた。
1990年代後半から20年以上続くこのリサイクル活動は、大崎町の“個性”として根づき、近年ではリサイクルだけでない新たな循環(詳しくは後篇へ)も生まれつつあるという。
今回は、大崎町における変化のプロセスと現在の姿、そして「環境」にとどまらないまちづくりの取り組みを、前・中・後編の3部構成でお届けする。
まず前編では、「28品目別という細かなリサイクルが、実際のところ町民にどう受け入れられているのか?」を探るべく、大崎町の住民やリサイクルに関わる方々に話を聞き、その実情を伝えながら、リサイクルがシビックプライドにどのように結びついているのかを探る。

    • 大保 拓弥(おおぼ たくみ)さん
      一般社団法人大崎町SDGs推進協議会 広報担当
      1996年鹿児島県曽於郡大崎町生まれ。福岡の大学を卒業後、鹿児島へUターン。主に地域内の対話の場づくりやその他イベント企画・運営、広報を行う。
    • 宮本 美和子(みやもと みわこ)さん
      大崎町生まれ。「お多福」の屋号で、地元・大崎の旬の食材を使い、地域に根づく伝統の味をお弁当やケータリングで届ける。“食卓をつくる、囲む”という文化のぬくもりを、ひとつひとつの料理に込めて、多くの人のもとへ運んでいる。
    • 川﨑 美喜(かわさき みき)さん
      大崎町出身。大崎町商工会女性部長を17年間務め、地域経済や女性の社会参画に尽力。また、鹿児島県男女共同参画地域推進員や大崎町女性活躍推進委員として、ジェンダー平等と多様な生き方を支える地域づくりを推進してきた。現在は、大崎町衛生自治会理事として、安心して暮らせるまちづくりにも取り組んでいる。
    • 上村曜介(かみむら ようすけ)さん
      若潮酒造株式会社 取締役
      若潮酒造取締役。焼酎文化を次世代に繋ぐべく、商品企画・広報・地域連携を担いながら、香り系焼酎や新たな価値づくりに取り組んでいる。

リサイクルや循環が日常に根付くまち

時折冷たい風が吹き付ける3月の中旬。鹿児島空港で集合した編集部は、茶畑や農作地が広がる景色を眺めながら、車で約1時間半かけて大崎町へと向かった。高速道路を降り、菜の花畑や竹林が続く田園風景の中をしばらく走ると、飲食店やコンビニエンスストアが少しずつ見えてくる。そして、廃校を活用した陸上競技のトレーニングセンターのすぐ近くに、ごみの分別を体験できる施設であり、編集部が今回宿泊する「circular village hostel GURURI(サーキュラー・ヴィレッジ・ホステル・グルリ)」があった。

廃材で製作した家具を使用するなど、資源の循環を身近に感じることができる宿泊施設

車を停めて敷地内を歩くと、背丈が50センチ以上はありそうな春菊に目が止まった。ふと地面をみると、小さな穴が等間隔に空き、竹筒が立っている。「これは何のため?」と不思議に思っていたところ、今日の案内役であり、「一般社団法人大崎町SDGs推進協議会」で事務局を務める大保拓弥さんが合流し、説明してくれた。同協議会は、⼤崎町が20年以上継続してきたリサイクルの取り組みを土台に、循環型のまちづくりを多面的に展開するため、行政や地元企業を含めた6団体で構成されている。

大崎町出身の大保さん。大崎町SDGs推進協議会で広報を務める

大保:この宿泊施設はもともと県職員用の住宅で、当時は砂利が敷いてあり、その上に雑草が生えた固い地面でした。 そこでまずは、土壌再生の実験を試行錯誤しながら進めています。地面の一部を掘り返して竹筒を立てることで、土の中にある空気の循環を促しているんです。加えて、少し前から、施設を管理しているスタッフが趣味で畑を始めてみました。大崎町のリサイクルの過程で生み出される堆肥を土に混ぜていて、徐々に土が豊かになってきているのか、作物もよく育ってきていますね。

竹林整備で発生した竹材を使用して、土の中の空気の循環を促す

「リサイクル」や「循環」という言葉が会話に何度も登場したことで、大崎町に来た実感が一気に押し寄せ、このまちでどのような話が聞けるのか期待が高まっていく。

「当たり前」のリサイクルを見直したきっかけ

今回の取材で編集部は、大崎町のリサイクルや循環をできるだけ多面的に、そして立体的に捉えるため、それぞれ異なる立場でリサイクルに関わる計6人に話を伺い、5箇所の施設をめぐった。


そのなかで、大崎町のリサイクルの取り組みと自身の関わりを最初に話してくれたのが、町内で飲食事業を営む宮本美和子さん。3年ほど前から麹を使った料理や甘酒を販売している。

大崎町出身の宮本さん。町の海岸沿いで朝食を楽しむイベントを企画中

宮本:お弁当も販売していますが、どうしても容器関連のプラスチックごみが多く出てしまうのが気になっていて。その点、ケータリングであればその場でお客さんに食べていただけるのでごみも少なくて済むし、直接お話しできるのが楽しいので、最近はケータリングをメインに行っています。

「どれだけのプラスチック ごみが出るか」という視点が、事業の方向性を左右する優先度の高い要素だという話には新鮮な驚きがあった。聞けば、宮本さんは月に1〜2回の町内の資源ごみ出しの日に収集ステーションに自発的に立ち、分別のサポートをしているという。

宮本:大崎町で本格的なリサイクルが始まった20年以上前から、私にとってリサイクルは「当たり前に行うもの」でした。面倒な時はあるものの、特別なことをしている感覚はまったくなくて。でもある時、外から来た人たちに『これだけ細かくごみを分別するなんてクレイジーだ』と言われていることに驚いたんです。たしかに、お寿司のパックに付いているわさびの個包装袋の中身まで洗ってリサイクルしていますから、そう言われても不思議ではないのかもしれませんよね。徐々に “自分たちは実はすごいことをしている”と認識するようになり、より一層ごみに意識が向くようになりました。

丁寧に言葉を選びながら、ご自身の活動について生き生きと話す宮本さん


リサイクルの価値を改めて実感したことから、宮本さんは積極的にまちのリサイクル活動に関わるように。そして活動を通じて新たな人とのつながりが生まれ、そこから事業に活かせそうなヒントを得ることもあるという。

宮本:以前、ご高齢の方とたまたま郷土料理の話になって、教えてもらったレシピを作ってみたんです。そうしたら、美味しいことはもちろん、ごみが本当に少ないことに驚いて。例えば「煮しめ」を作った時は、茎や根っこなどお野菜をできるだけ丸ごと使い、ほんの少しの皮くらいしかごみが出ませんでした。しかもその生ごみも、まちの施設で堆肥になって戻ってくるという意味で、循環しています。昔の生活には、今の私たちにも応用できる知恵がたくさん詰まっている。これから地域の食文化をもっと学んでいきたいですし、それと同時に大崎町のリサイクルを外の人にも知ってほしい。あとは、リサイクルの価値をまちの人にもっと伝えることができればと思っています。

まちのことは“自分ごと”だから

自分が暮らすまちのリサイクルという取り組みを客観的な視点で捉え、その意義を再認識したうえで、自身の活動に紐づけていく。それを自然体で行う宮本さんの話を聞くと、日々リサイクルに取り組む町民の方々が何を考え、まちとどのように関わっているのかがますます気になってきた。

そこで次に話を伺ったのが、町内3箇所に設置されている「資源リサイクルごみステーション」で、仕分けのサポートをしている川﨑美喜さんだ。

自身でリメイクしたジャンパーを着て「この服お気に入りなの」と笑って迎えてくれた川﨑さん


大崎町では従来、各自治会が管理するごみステーションで月に1〜2回、リサイクル可能な資源ごみの収集を行っていた。この収集をサポートしているのが、大崎町内の住民が原則として加入している住民組織「衛生自治会」。行政から独立した組織でありながら、分別品目を検討し、ごみを出す曜日や時間帯を住民の声を汲み取りながら決めてきた。

そのなかで近年は、ごみの収集が月に数回という頻度に対して、「仕事の都合でごみを出しにくい」「自宅でごみを長期間保管するのは大変」という声があがり始めた。そこで2024年に新たに設置されたのが「資源リサイクルごみステーション」だ。 個々の自治会の垣根を超えて、週末を含め週に2回ほどプラスチックやダンボールといった資源ごみを受け入れている。川﨑さんはそこで分別に迷った人に積極的に声をかけ、ごみ出しをサポートしている。

大崎町の家庭ごみの出し方をまとめたポスター。28品目に分ける必要がある

川﨑:ごみを持ってきた人と話すのは楽しいですし、「頑張っているね」と褒めてもらえると励みになりますね。リサイクルに関しては、「自分たちはもう先が長くないから関係ない」と言うご高齢の方も中にはいらっしゃるんです。でも私は、子どもや孫世代の暮らしを考えれば、今できることをしなくてはいけないと思っていて。ごみステーションの仕事以外にも、行事の際には仲間と一緒に食事の振る舞いの準備をしたり、議会を傍聴しに行ったりと、私はまちの色々なことに興味を持って関わっています。家族には“もっと家のことをやって”と言われるくらいなの(笑)。でも前提として、こういうことはできる人がやればいいと思っている。自分は楽しいから続けられるし、まちのことは自分ごとだと思っているのよ。

資源リサイクルごみステーションの利用者に対し、川﨑さんは積極的に声をかけて分別をサポートする


川﨑さんの話を聞いて思わず編集部メンバーは自らのことを省みた。日々のごみを28品目に分別するリサイクルに、自分たちが率先して取り組めるかと問われると、自信がないというのが正直なところだ。仕事や生活に追われる中で、住むまちに目を向け、時間や気持ちを注ぐ余裕を持てない場面も多い。

だからこそ、川﨑さんの話の中で印象に残ったのが、「まちのことはできる人がやればいい」という言葉だった。大きく構えすぎず、自分にできる範囲で、興味のあることから無理なくまちに関わる。けれど、「まちのことは自分ごと」という当事者意識は持って生活する。その言葉を気負いなく口にした川﨑さんの姿に、まちとの関わり方を考えるうえでの大切なヒントがあるように感じた。

作る側からごみを変える努力を

大崎町のリサイクルは、川﨑さんや宮本さんのように、一人ひとりの住民の努力によって支えられているが、一方で地元企業による活動にも注目すべきものがいくつもあり、たとえば製造業であれば、商品の製造段階から、使われた後にごみを出さない工夫を行なっているケースもある。1968年創業の焼酎の蔵元・若潮酒造は、2022年に焼酎の主力3商品に環境配慮型パッケージを導入した。取締役の上村曜介さんはその狙いを語る。

焼酎業界市場が縮小傾向にあるため、積極的に新しいことに挑戦したいと上村さん

上村:従来の焼酎パックは内側にアルミ箔が貼られていたためリサイクルが難しいとされていました。そこで、リサイクル可能な素材で焼酎パックを製造できる技術を持つ企業から提案を受け、私たちの商品にもリサイクルできる紙パックのパッケージを導入しました。ただ、どうしても口栓の一部にはプラスチックを使わざるを得ないので、今後はより環境負荷の少ない素材に変えるなどして、出るごみを変える努力ができればと思っています。

地元産の規格外フルーツや野菜を使ったお酒「f spirits」が人気を博している若潮酒造


鹿児島で生まれ育った上村さんは、学生時代に上京し、東京都内で食品メーカーの研究職などを経て、7年前にUターンした。地元を離れる前と戻ってきた後で、まちの見え方に何か変化はあったのだろうか。

上村:僕たちにとっては「当たり前」だったリサイクルを生かしてまちづくりが進んでいる感覚があります。移住者やUターン組など、さまざまな人がまちを盛り上げようとしているのもいいですよね。正直なところ、子どもの頃は地元に特別な思い入れはありませんでしたが、最近はこのまちっていいなと思えるようになっていて。1 + 1が、2以上になる感覚と言いますか。地元に根づいたリサイクルという取り組みに、大崎町の外から来た人たちの新しい視点やスキルが加わることで、単なる足し算ではなく、想像以上の価値や広がりが生まれているように思います。

上村さんは異業種とのコラボレーションを通じて、焼酎にふれる新たな機会作りに勤しむ


今回の取材では、立場の異なる住民たちが、それぞれの生活のなかでリサイクルをどのように捉え、どんな方法でリサイクルに関わっているのかを具体的に語ってくれた。時に言葉を見つけるまで考え込んだり、「こんな話で大丈夫?」と戸惑ったりしながらも、自分たちの実感をまっすぐに言葉にしようとする姿からは、リサイクルがこのまちの暮らしに根づき、大切にされていることが伝わってきた。そしてリサイクルをきっかけに、まちのことをより自分ごとに捉え、まちを好きになっている人があちこちにいることを実感した。

続く〈中編〉では、「なぜ大崎町がこんなにも真剣にリサイクルに取り組むようになり、現在は具体的にどのように分別をしているのか」を探るべく、資源ごみの処理施設と埋立処理場を訪問し、シビックプライドにつながるリサイクルの技術や仕組みにより深く迫っていく。

自分たちの出したごみはどんな仕組みでリサイクルされるのか?続きは中篇で。

(取材:小関/文:土橋)

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