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TOPTALK&INTERVIEW再開発ではなく再発見。まちの個性は、「そこにあるもの」を面白がることから

2025.03.06

再開発ではなく再発見。まちの個性は、「そこにあるもの」を面白がることから

ハードを変えずにまちへの愛着を高めた、シオヤプロジェクトの実験〈前篇〉
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今回の取材で訪れたのは、神戸市垂水(たるみ)区の塩屋というまち。神戸の中心部から在来線に乗って約20分、海と山に囲まれた場所にある小さなエリアだ。

昔ながらの駅前商店街や細い路地、急な坂道や海が織りなすレトロな景観が魅力のスポットとして、多くの人を惹きつけている。以前は「古臭い」というイメージを持つ地域住民も多く、取り壊しも含めた再整備が進められそうになった時期もあったが、塩屋はまちの姿を変えないまま、それに対する“見方”をポジティブに転換していくことで、活性化に成功したという。

地域にこうした変化をもたらした立役者が、明治期に建てられた洋館・旧グッゲンハイム邸の管理人であり、「シオヤプロジェクト(以下、シオプロ)」の主宰・森本アリさんだ。シオプロは、トークイベントに音楽イベント、写真展や地域マップづくり、まち歩きなど、様々な取り組みで18年にわたり地域を盛り上げてきた。

幅広い活動の軸になっているのは、まちの何気ない風景や人々の営みを「レディメイド(=そこにあるもの)」と呼び、ちょっと変わったモノ・コトを再発見して面白がること。地域活性化のために新しい施設を建てたり、まちなみをつくり変えたりというハード重視の手段が選びとられるケースや、市民主体のまちづくり活動が長続きしないという話も聞く中で、シオプロから学べることは多いに違いない。そんな期待に応えるように、既存のまちを面白がる視点を教えてくれた森本さんへのインタビューを前後篇で届ける。

    • 森本アリ(もりもと あり)さん
      旧グッゲンハイム邸管理人。「三田村管打団?」「音遊びの会」などで活躍する音楽家でもあり、ワークショップや音楽祭のディレクターなども務める。「シオヤプロジェクト」(シオプロ)主宰。シオプロを通じて塩屋という小さな町を文化的に遊ぶ=写真集、カルタ、アートブック、まちあるき、歩き回り音楽会、リサーチ、アーカイブ、地図、トーク、マルシェ…一般的には「まちづくり」「まちおこし」と呼ばれることをやってるみたい。嫌いな言葉は「まちづくり」「まちおこし」。著書に『旧グッゲンハイム邸物語』がある。

「恵まれた悪条件」にある地域

神戸市内には、かつて外国人居留地が置かれた歴史の名残として洋館が点在する。その一つである旧グッゲンハイム邸を訪れた編集部を、管理人でシオプロ主宰の森本さんは笑顔で出迎え、「本館は結婚式やイベント、地域行事の会場、ロケ撮影などの貸館で使われていて、その裏の長屋はシェアハウス、横に建つ別館はシェアオフィスになっています」と案内してくれた。管理事務所が入る別館に移ってのインタビューでは、まず森本さん自身のふるさとである塩屋というエリアの特徴から尋ねてみた。

森本:島みたいな場所だな、と思うんですよ。山の谷間にあるので、ほかの地域のように歩いて隣のまちに行くことが難しいんです。坂道も細い路地も、そして海も神戸全域の特徴ですが、塩屋にはそれが特にぎゅっと凝縮されている。道が入り組んでいるので、少し歩くだけで景色が変わる面白さがありますし、道幅の狭さは住民同士が顔を合わせる装置にもなっているんです。

旧グッゲンハイム邸に続く階段(左)と塩屋の坂の風景(右)

近年はその魅力に惹かれて塩屋を訪れる人だけでなく、移り住む人も増えている。中には店を立ち上げたり、オフィスを構えたりする人もいて、今回編集部がインタビュー前に訪れたカレー屋さんも、移住者が立ち上げた店の一つだった。古い建物をリノベーションして活用する移住者も多く、まちを散策すると、古いまちなみを残したまま、新たな活気がもたらされていることを感じた。

森本:そこにもまた、道幅の狭さの影響があるんですよ。現在の建築基準法では、幅員4m以上の道路に2m以上接している敷地でなければ、そこに家を建てられないという決まりになっているのですが、塩屋にはこの規定ができる前に、細い路地に面して建てられた家が多いんです。そうした古い家は、一度壊して更地にしてしまうと、再び建て直すことはできないので、おのずとリノベーションという選択になってくる。まちなみを守るという意味で、言うなれば「恵まれた悪条件」のもとにあるわけです。

まちの姿は失われたら戻らない

塩屋の特徴について伺った上で、森本さんがシオプロの活動をスタートした経緯を聞いていった。今でこそ自らの地元の良さを熱っぽく語る森本さんだが、そうした魅力を知ったのは大人になってからだという。

森本:高校を出てから、父親の出身地のベルギーにあるアート系の大学に進んだことがきっかけでした。一度ふるさとを離れて魅力に気づくという、まあ典型的なパターンですよね(笑)。

森本さんはそう冗談めかすが、さらに話を掘り下げていくと、シオプロの活動の原点が見えてきた。

森本:シオプロでは、以前からまちにある風景や営みを「レディメイド」と呼んで活動の軸にしているんですが、古いものを大切にする感性は、僕にもともと染みついていたものなんです。4歳から暮らした塩屋の実家が古民家を移築した建物だったり、ベルギー滞在中に銃弾の跡がある家に住み続けるような文化を目にしたり、といった経験が積み重なって身についた感性ですが、それに自覚的になったのは、阪神淡路大震災の影響が大きいですね。

阪神淡路大震災が起きたのは、森本さんがベルギー在住中のこと。帰郷したのは、それから半年後のタイミングだったという。

森本:震災後、市内のいろいろな場所が復興していくとともに、のっぺりとした画一的な表情になっていくのが残念だったんですよ。でも塩屋は、ハード面での大規模な再整備が必要なほどの被害は受けず、以前の姿を維持することができていた。それはすごく幸いなことだと僕は思っていましたし、まちは残さなければ変わってしまって元に戻らないんだということを、強く実感しましたね。

「残す」活動の原動力となった危機感

震災前の姿をとどめた塩屋だが、それがむしろ、住民の地域へのネガティブな感情を招くようにもなった。

森本:駅前にロータリーがあり、ショッピングセンターがあり……という風に、周りのまちが利便性高く復興しているのを見て、取り残されたような感覚を持つ人も少なくなかったんです。

そうした住民の声に森本さんが触れたのは、2004年ごろ。塩屋の駅前の道幅を拡幅しようという行政の方針のもとで開かれた、住民勉強会でのことだった。

森本:当時20代後半だった僕よりも上の世代の人たちが、「塩屋は海も山もあって、すごく自然豊かなまち」と良いところを挙げる一方で、「でも道が細い」「でも駅前商店街がごちゃごちゃしている」「だから、道を大きくしないと若い世代がどんどん出て行って戻ってこないんだ」とネガティブに語るんです。けれど僕にとって、彼らが「でも」と否定的に言うまちの要素は、豊かな自然と同じくらい大切なものだし、「だから」若者が戻ってこないという理由にはならないと感じられたんです。その勉強会に参加して、「このままだと塩屋が変わってしまう」という危機感を抱きました。

車が通れないほど狭い駅前商店街の風景

姿はそのままに、使われる場としてよみがえらせる

危機感につき動かされた森本さんは、まちを残すために何度も住民勉強会に参加し、再整備に反対したが、なかなか推進派の住民たちとの折り合いはつかなかった。そんな中で、森本さんは地域の魅力を再発見する取り組みを始めるのだが、その活動をともにする仲間たちとの出会いをもたらしたのが、旧グッゲンハイム邸だった。そもそも、森本さんはどんな経緯で旧グッゲンハイム邸の管理人になったのだろうか。

旧グッゲンハイム邸外観

森本:旧グッゲンハイム邸はしばらく空き家状態になっていたんですが、そんな時に、不動産会社に売却された市内の別の洋館が、当初の予定を変更して取り壊しになってしまうという出来事がありました。それを知った旧グッゲンハイム邸の持ち主が、僕の両親に建物を譲りたいと相談を持ちかけたんです。なんで僕の両親に話が来たのかというと、もともと古いものにすごく肩入れする両親だったからなんですよ。ベルギー人の父親は仏教学者、日本生まれの母親はステンドグラス作家で、息子の僕から見ても変わり者のカップルでした(笑)。さっき、実家は古民家を移築したものだと言いましたけれど、母親のステンドグラス工房も古い家をリノベーションしたものだったし、そうしたことの延長線上に旧グッゲンハイム邸の話もあったわけです。ただ、譲るといっても、もちろん無償ではないし、管理も大変なのは目に見えていましたから、僕は「それをやるのは行政の仕事やろ」と大反対しましたね。

それでも両親の考えは変わらず、森本さんは2007年に管理人となる。

森本:管理人を引き受けたのは、本館の裏にある長屋に興味を持ったからなんです。大学時代、アーティストが滞在しながら制作や発表に取り組んだりする場所に行ったことがあって。長屋をシェアハウスにして、そういう風に面白い人たちが好きなことに没頭できるコミュニティとして生き返らせたいと思ったんです。本館は、せっかくなら「使い倒す」場所にしようと、貸館業を始めました。

旧グッゲンハイム邸内観

長屋も本館も、きれいにつくり直すことはせず、経年の跡も残したまま、使用に耐えるように補強。空き家状態だった邸宅は、趣味や仕事に没頭したり、好きなことを通してコミュニケーションをとったりと、人々に広く使われる場へと役割を変えた。すると、10部屋のシェアハウスにも若い世代の「面白い人たち」が入居。そうした中で出会った人々とともに、森本さんは地域活動をスタートし、旧グッゲンハイム邸はその拠点となっていく。

100人の目に映る、100通りの景色。見慣れたまちへの視点を変えた「百人百景」

まちをつくり変えるか、残していくか。いまだ地域内で意見が分かれていた2007年、旧グッゲンハイム邸に100人もの人が集まるイベントが開かれた。森本さんを中心とした数人の有志が集まって主催した「塩屋百人百景」の撮影会だ。「塩屋百人百景」は、参加者にまちを散策しながら使い捨てカメラで塩屋の景色を撮影してもらい、写真集をつくったり展示会を開いたりするもので、撮影会は旧グッゲンハイム邸を発着点とした。

森本:撮影会は、20~30代の女性が半数、しかも全体の7割が地元外からと、こういう地域イベントではなかなかあり得ないような参加者層になり、人によってまったく違う景色が切り取られた写真集ができあがったんです。おかげさまで展示会も話題になって、地域内外からたくさんの人が訪れてくれました。不便だと感じている見慣れたまちも、見方を変えれば魅力が見つかる。外の目を介すことで、地元の人たちがそれに気づくきっかけになったと思います。

今の自分にはない視点を知ることで、まちの見方が変わる。森本さんは、それを象徴する住民勉強会での一場面を振り返る。

『塩屋百人百景』表紙 

森本:新興住宅地から塩屋に移り住んだ若い女性が、「狭い道で人と顔を合わせて、魚は鮮魚店、豆腐は豆腐店で買って、そこに行くたびに会話がある。それが毎日新鮮なんです」と切々と語っていて。若者は広い道を車で走ってスーパーに行く便利さが好きなんだと思い込んでいた人たちが、「そうなんや……」と聞き入っていたんです。そんなことが積み重なって、「そこにあるもの」を大事にする意識が地域に広がっていきました。

地域を遊び倒すための、シオプロという実験場

「百人百景」を行って以降、森本さんは塩屋まちづくり推進会や、塩屋商店会から地域の文化振興に関する様々な取り組みに協力を求められるようになった。その過程で自然と集まるようになった仲間たちとともに立ち上げたのが、「シオヤプロジェクト」だ。2014年、神戸市から勧められた助成金を受給するために、申請上の必要で命名した時が、シオプロの正式なスタート地点だったという。

以降、シオプロの活動はトークイベントやアート展、地域文化継承のためのワークショップやアーカイブ事業、空き家再生など、拡大を続けてきた。シオプロがこれほどまでに多くの取り組みを続けられるのは、いったいなぜなのだろうか。

森本:趣味が高じてやっていることだからですかね。コアメンバーは現在5、6人なんですが、それぞれ編集者や写真家、グラフィックデザイナーといった本業を持ってるので、経済的な余裕は一定程度、担保されています。シオプロは、「実験場」のようなもので、まちを使った遊び方を発明している感覚なんです。正直、塩屋でやれることはやり尽くしたくらいの感覚はあるんですが、それでも「こんなことをしたら面白そう」という考えが次々に湧いてきますね。それに、「実験」自体は基本的に利益を生まないけれど、ほかの地域から「うちのまちでも」と声がかかったり、そうした中でのつながりがメンバー個人の新しい仕事に結びついたりするんです。僕にしたって、活動を通して塩屋を知ってもらうことが、結果として旧グッゲンハイム邸が注目されることにつながっています。

シオプロの様々な活動について、パンフレットを広げながら説明する森本さん

シオプロは、法人格を持たない任意団体。仮に財源の多くを助成金に頼った非営利法人だとしたら、発想の自由度は狭まっていたかもしれない。

森本:たしかに、助成金の給付を判断する行政からも、よく「法人格を取得したらどうか」と勧められていたのですが、いつの間にか言われなくなりましたね。それは、任意団体だからこそダイナミックな発想ができるのだと、認めてもらえたからなのかなと思っています。何らかの理由で法人格が必要なら、その条件を満たす企業などが主体になって、僕らは裏方として協力すればいいだけですからね。世の中のまちづくりはビジネス化している一面があって、地域コンサルを担う会社なんかは、依頼に応じて綿密に企画を立てますが、僕たちは面白がるという能動的な姿勢で、難しいことは考えずに、刺激を求めてやっている。それでも上手く回るんだから、「ええ塩梅」の任意団体になっていると思いますよ。

今回の取材で編集部は、実に7時間にもおよぶシオプロ主催のまち歩きイベントに同行した。〈後篇〉では、そのまち歩きイベントで目にした森本さんらの様子も交えながら、まちを「面白がる」というシオプロメンバー考え方に、より深く迫っていく。

(取材:黒田/文:阿部)


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