「とはいえ」「現実的には」「事情があって」―そんな言葉が頭をよぎるたび、自分は何か本質的なことを見落としている(あるいは見ないようにしている)のではないかと、漠然とした不安に襲われることがある。
まちづくりや地域活性化のような、様々な課題が絡み合うプロジェクトにおいて、そういった不安はつきものだ。限られた予算、山積する課題、思惑の異なる様々なステークホルダー。複雑に入り組んだ事情の中で“いかにうまい落としどころを探すか”を考えることは大事だとは思う。でもそればかりだと、ふと何を目指しているのか分からなくなることもある。
今回のインタビューは、そんな時にこそ思い出したい言葉ばかりだった。
インタビューの相手は、東京都立川市に拠点を置く「立飛ホールディングス」の社長、村山正道さん。立飛ホールディングスは、不動産業を中心に事業を行っている会社で、なんと立川市のほぼ真ん中に25分の1の土地(98万平米、およそ東京ドーム21個分)を所有している。そんな特殊な環境で50年以上立川を見てきた村山さんが語る言葉から、まちづくりに大切な「五か条」を導き出した。 ※文中敬称略
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村山正道(むらやま まさみち)さん株式会社立飛ホールディングス 代表取締役社長1951年3月28日生まれ、茨城県日立市出身。1973年立飛企業株式会社入社、経理部長、取締役、常務取締役、専務取締役を経て、2010年同社代表取締役社長に。2012年、グループ再編化に伴い現職に就任。地域社会に貢献するため、ららぽーと立川立飛、タチヒビーチ、アリーナ立川立飛など、グループの所有不動産を開発するとともに、大相撲夏巡業(6度開催)や流鏑馬(小笠原流)、立川立飛歌舞伎特別公演など、イベント誘致に取り組んでいる。2024年は立飛ホールディングス100周年を迎え、秋には浅田真央氏のプロジェクト「MAO RINK 立川立飛」のオープンを予定している。
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その1 儲けることばかり考えていないか?―自分にとって“美しい”景色を思い描く
“立川の景色が変わった”―ここに住む誰に聞いてもそう答えるくらい、東京都立川市はこの10年ほどで様変わりした。そんな立川を取り上げている記事で多く目にするのが、立川市の25分の1の土地(98万平米)を所有している立飛ホールディングス代表取締役社長、村山さんだ。
村山:昔は立飛の資産(土地)を自分たちの事業に活用することが主軸になっていて、地域のために活用するという意識はそれほど高くなかったという印象です。でも、私の捉え方でいうと、全部で98万平米あるこの土地は“社会資本財”っていう感覚が非常に強いんですよ。だから地域のためにどう活かしていくべきかを考えることから始めました。
村山さんの社長就任後、2015年にはららぽーと立川立飛、そこからタチヒビーチ、アリーナ立川立飛、2020年にはウェルビーイングをテーマにしたGREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)がオープン。この10年で所有地を活用した様々な施設を開業したが、事業を進める中で一貫しているのは「“儲けるため”だけではやらない」ということ。
村山:部下によく言っているのは、私は単純に儲かるっていうことじゃやらないよ、ということ。新しい話が出てきた時はいつも、「それってまちの活性化に繋がるの?一時的な話題性だけじゃ駄目だよ」と伝えるようにしてます。
村山:例えば、物流倉庫をつくったときに、倉庫の完成と同時にすぐに好条件で契約が決まったんです。そしたら周りから「社長、儲かるからあと2~3棟つくりましょうよ」と声があって。でも私は「きみね、もし自分が住んでいる近くにそんな倉庫ばかり何棟もできたら嬉しいと思うか?自分たちだけが儲かればいい、という考え方はおかしい」と言いました。この98万平米の風景の中に、あれが3棟も建ったら美しくない。それに、その景色を見た人は「この土地で儲けようとしているんだな」と思うだろうから。
儲けることよりもまず、住んでいる人たちが喜ぶものをつくる。もし誰もが、村山さんのように「自分が思い描くまちはどういう景色であるべきか」を考えてまちをつくったら、きっと日本中が美しい景色になるにちがいない。
でも―と、ここでいつもの「とはいえ」マシーンが発動してしまう―とはいえ、現実的に「利益の追求を後回しにする」ことは相当の勇気が必要で、そう簡単に割り切れるものでもない。そう率直に村山さんにぶつけてみると、村山さんはこう続けた。
村山:立川というまちを楽しんでもらって、何度も足を運ぶようになっていくうちに、立川のどこかでジュース1本買ってくれればいいじゃん、っていう感覚かな。自分の施設だけで儲けようっていう発想じゃなくてね。そうすればまちが潤うでしょう。目先の利益、社会的に意味のない利益は追わない、と私は決めているんです。
その2 お互いの顔がはっきり見えているか?―経営の原点は「21頭のヤギ」
インタビューの途中で「ヤギの話、していい?」と嬉しそうな表情で村山さんが語ってくれたのが、2015年に立飛ホールディングス総務部に配属された“21頭のヤギ“の存在だ。
GREEN SPRINGSの開発予定地の除草のために放牧されていたヤギだが、村山さんはこの取り組みを「経営の原点」と語る。
村山:実は昔、市民の人に「立飛さんは顔が見えない」「地元を捨てている」って言われたことがあって。そんな自分が情けなかった。当時も花火の協賛はやっていたし、もちろん法人税も払っていたけど、それだけでは誰も“立飛”という人格はわからないですよね。
GREEN SPRINGSの開発地を取得してから開発工事が始まるまでの期間、その土地を除草するだけでいいのだろうか―といつもどこかで責任を感じていました。何というか「立川の土地に対する責任」をね。
98万平米の土地を所有するということは、活用方法によっては地域がいい方向にも、悪い方向にも進んでしまうということだ。それが村山さんのいう“責任”なのだろう。初めは単に除草目的のヤギだったが、この除草期間を、地域の人たちと立飛が顔を合わせる接点として活用したい。そんな思いから、村山さんはヤギに名前を付け、「立飛ホールディングス総務部」として直々に辞令を出し、ヤギを通して地域とのコミュニケーションの機会を増やした。
村山:初めは、4万平米の除草に対してヤギを5頭、羊を1頭放牧していました。その1頭の羊は“コンシェルジュさとる”っていう名前を付けて。すると、さとるがヤギの群れから離れている姿を見た地域の人から「さとるがかわいそう」と連絡が来たり。さとるが悪さをされないように1日に何度も見に来る人もいたんです。工事が始まって仮囲いを設置したあとも、その仮囲いにヤギのイラストを描いてもらって、交流を続けました。
ヤギが経営の原点と話す村山さんに対して、最初は“どうしてそんなにヤギにこだわりがあるんだろう”と疑問だった。でも、「ヤギを心配して手紙を送ってくれる人や、大量にヤギの写真を送ってくれる人、除草のためにヤギがいるのに外からエサをあげちゃう人もいたんですよ(笑)」と話す村山さんを見てわかった。ヤギを起点に地域の人と接点が生まれ、まちの声が直接届いてくる。お互いの顔が見える関係になる。それがすごく嬉しいのだと。地域の人の声や反応がわかるからこそ、村山さんがまちを描くときに“こうしたら住む人も心地いいんじゃないか”の解像度が上がって見えてくるのだろう。
村山:今となっては「小学校・中学校の子どもたちは、みんな村山社長の顔を知っているんじゃない?」って周りに言われるくらい。だからもう、立川で悪さなんてできないねえ(笑)。
そう言って笑う村山社長の表情は、とても嬉しそうだ。
その後も、音楽イベント「#たちフェス」を開催するなど、お互いの顔が見える関係づくりに積極的に取り組んでいる。
その3 事情に絡めとられて中途半端になっていないか?―いろんな「柵」を取っ払う
“閉鎖的”を解放することは、その後の立飛のまちづくりにおいても、村山さんのこだわりのひとつになっている。
村山:私、「塀を取っ払う」ことにはものすごくこだわりがあってね。以前は、立飛の土地にはコンクリートの万年塀がやたらあって。塀があるというのは“規制している”という意味になるんですよ。だからできる限り塀は外すように意識しています。
そういえば、GREEN SPRINGSのカスケード(階段状に水が落ちる滝)も、子どもがたくさん遊んでいたがそこに柵はなかった。
村山:実はカスケードも最初は柵があったんです。「なぜ柵をつけたの?」と担当者に聞いたら、「子どもが入って怪我したら…」と。でも、あの場所は安全面を考慮して、階段全体に滑りにくい石を使っているし、“規制”以外の方法で対処すべきだと私は思う。だから柵ははずしました。もちろん、安全基準に基づき、問題がないことを確認した上でね。最近は、子どもさんだけじゃなくて親御さんも一緒に入って楽しんでますよ。
また村山さんは、子どもたちにとって楽しいことは何か、どんな空間ができると喜んでもらえるのか、住む人目線の環境を整えるためにどうすればいいか、と考えるときに「予算という“柵”をあまり持ちたくない」という。
村山:例えば、立川ステージガーデンの前のスペース(写真左。手前の緑のスペースのこと。奥に見えるのが立川ステージガーデン)は、設計時には天然芝じゃなくて人工芝の予定だったんです。天然芝は運営コストがかかるからって。でも私は、「ウェルビーイングがテーマの場所なのになんで人工芝なんだ」って思ってね。今の子どもたちは土とか砂を踏む機会は昔ほどないと思うけど、裸足で本物の自然を踏みしめる感覚はやっぱり大事なんですよ。それをね、予算削減のために人工芝にしちゃったら意味がない。「予算が」って考えると、「いかに削いでいくか」という思考になってしまう。だけど、予算を増やしてでも実現すべきことはあるんです。“中途半端”が結果的に一番時間とコストの無駄になるから。
一番コスパが悪いのは、中途半端になること。ハッとさせられる一言だった。一方で、現実的には「予算を増やす」なんて簡単にできっこない。そんなことができたらみんな悩まないで済むはずだ―とここまで考えて、はたと気づいた。
もしチームみんなが村山さんのように「中途半端は時間とコストの無駄になるから、やっちゃいけない」と同じ志を持っていたら?そうすれば、限られた予算の中ででも、本質をぶらさずに打破できる方法を考えたり、抜け道を見つけたりすることができるのかもしれない。
予算という“思考を規制する柵”を取っ払う、ということなのだと思った。
その4 50年後を思い描いて、ワクワクするか? ―楽しくないと持続しない
「人工芝だったら子どもがどうやってここで過ごすのか」「天然芝だったらここを駆け回ってどう感じるのか」―そういった細かなソフトサービスから、この土地でどんなものができたら美しいかというハード面まで、村山さんは常に立川の未来を頭で描いているように感じる。
村山:立飛ホールディングスが今年で100年を迎えるんで、みんなに「今後の100年についてどうお考えですか」と聞かれることが多いのだけど、“100年”って嘘っぽいでしょう?私はいつもね、50年後の立川がどうなってほしいか考えています。50年っていうのはなんとなく想像できるんですよね。
村山:自分がこれだ!と思うことをやって、関わる人が楽しそうにしてくれるのが一番いいね。面白くないと続かないし、一回ポッキリではなく持続的にやっていくことが大事。まだやりたいことは2割しかやってないけど、私がやりたいことを全てやろうとすると98万平米では足りなくなっちゃうの(笑)。
そう話す村山さん自身が一番ワクワクしているように見える。立川の担い手の一人でありながら、立川の未来を一番楽しみにしている市民のひとりでもあるのだと感じた。そんな村山さんに、これからの立川の活性化のために必要なものは何なのか、聞いてみた。
村山:愛がある人、だね。周りの人間に対して愛がある人。たとえば、自分の部下の顔色が変わっていくのに気づけない人っていますよね。そういうのは許せない。うちは元々100人ぐらいの会社だったから、私は積極的に関わるようにしてきましたけど、そうするとなんとなく、顔や後ろ姿を見ているだけでも分かってくるものですよ。
村山:経営資源は人・もの・金、最近は情報ともいうけど、すべてにおいて基本は人だと思ってるの。だから、私の年で“愛がある人”と言うのは野暮ったいかもしれないけど、やっぱり思いやりがある人じゃないとダメ。日々の中で人とのコミュニケーションを取れていないと。これは会社に対してもまちに対しても同じですね。
村山さんはすごく昔の話をする時にも、社員の○才の●●くん、〇〇社の△才の●●さん、というように、すぐに人の名前とその人の情報が出てくる。「大事なのは愛と人」、そう語る説得力がある。
その5 自分の手柄にしようとしていないか?―自分にできることを粛々と
最後に村山さんにまっすぐ聞いてみた。「シビックプライドって必要だと思いますか?」
村山:わからない。でも、私がやっていることはかなり近いと思います。シビックプライドというのは、大義名分ではなくて、「みんな自分ができることを粛々とやろう」ということだと思います。私も、自分がやっていることを「私がやっていることを分かってほしい!」とか「こんなにやっているんだぞ!」とは全く思わない。自分にできることを、98万平米の社会資本を持っている責任を担いながら、ただ粛々とやっているだけですから。その姿を見てもらえるだけでいいかなって思います。それが誰のお手柄になっても構わない。住んでいる人が立川っていいよね、住みやすいよねって喜んでくれたら。
終始、村山さんの言葉は正しく、まっすぐだった。
正論を突き付けられたとき、人は反論しようとする。「それは正論だけど、広大な土地を持っているから言えることでしょう」「村山社長だからできたことだよね」。たしかに村山さんのいる環境はある意味恵まれているのかもしれない。
でも村山さんは、(あえて言うならば)今まで通りを維持していれば問題のない“恵まれた環境”にいながらも、妥協せずに常に100%以上を追求して様々な実験を繰り返し、きれいごとを本気でやりきれば結果はついてくるのだと証明している。 短期的な自分都合・自社都合ではなく、本当に住んでいる人のためになっているか?つい目の前のことで忘れてしまいそうな時もあるけれど、そんな時は、心の中に村山さんを宿して自分に問いかけてみる。“もしもこのまちを理想通りにできるなら、どんなまちにする?”―そうすれば、自分が本当に目指したいものがはっきりと見えてくるかもしれない。
編集後記
取材の数日前、仕事終わりに立飛グループ創立100周年記念事業として開催されていた「#たちフェス2024~音楽を好きになる街へ~」に行った。アーティストの歌声につられてステージのほうに近づいていくと、ステージの客席後方を囲うスライディングウォール(可動式の間仕切り壁)が開放されていて、屋内ステージと野外が地続きになっていた。外からの風が心地よく、この屋内と野外の間でライブを聴くことに。お酒を片手に揺れながらライブを楽しむ大人や、芝生を駆け回る子どもたち。さっきまで走っていた子どもが、ふと立ち止まってライブに食い入る姿。遊んでいる延長線上で音楽に触れる子どもたちの姿がとても印象的だった。
村山社長のインタビュー後、あらためて「#たちフェス」での光景を振り返る。あの屋内ステージと野外が一体となる空間は、まちづくり五か条のひとつである“いろんな「柵」を取っ払う”を具現化したものだったのだと。屋内の壁を取っ払うことで、グリーンスプリングス全体で音楽を楽しむことができていた。音楽に触れたり、自然に触れたり、動物に触れたり、ここで育つ子どもたちはきっと、立川でいろんな経験をして大人になっていくのだろう。
(取材:小関/文:八木・小関)