ニューヨークのタイムズスクエアを歩行者空間に変えることで、人が集まってにぎわいが生まれ、交通事故者数が減り、環境負荷も少なくなり、さらには経済効果も生み出したという街づくりの事例は、都市計画に関わる者なら知らない人はいないだろう。
それを手掛けたのが、「Gehl Architects」(以下、ゲール社)という、コペンハーゲンに本社を置く世界的な都市設計・デザインコンサルティング会社で、公共スペースや都市開発に関わる企画および建築設計、デザイン領域では世界的なリーディングカンパニーだ。
そしてゲール社は、わたしたち編集部が所属しており、このポータルサイトを運営している会社が属する博報堂DYグループの戦略事業組織kyuの一員でもある。
そんなゲール社の哲学は「人間スケール」「人中心」 の街づくり。
シビックプライドも、「”シビック=市民”が、自発的に場や地域を活性化する源となる気持ち」なので、ゲール社の哲学には以前からとても共感していたところ、今回ゲール社のチームディレクター、ソフィア・シュフさんが来日するというので話を聞いた。
街づくりは、「ハード(建物や公園など)」だけではなく、それを活かす「ソフト」が大事だと最近よく言われているが、その「ソフト」とは何なのか?それをどうつくればいいのか?
そんな「?」を持っている人にとってヒントになる話が満載だったので、前篇と後篇に分けてレポートしたい。
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Sophia Shuff(ソフィア・シュフ)さんゲール社のチームディレクター自治体などの公的団体や慈善団体の戦略づくりを担うチームで主に慈善団体のクライアントの案件を率い、「人と地球の幸福を最優先するまちづくり=Making Cities for People & Planet」という哲学のもと、地域やコミュニティがより健康的に変化するよう指揮をとる。
人類学者としての経歴と、環境における人間の経験に対する深い理解のもとに、都市変革のプロセスが持続的な社会的・健康的影響を促進することに貢献する。
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「人」だけでなく「人と関係するものすべて」のための都市づくりを
「今朝6時に東京に着いたの。早すぎて、さすがにホテルにはチェックインできなかったわ」とタフな旅程にも関わらず、軽やかな笑顔で登場したゲール社のソフィア・シュフさん(以下、ソフィアさん)。その笑顔に、場は一気に和やかなムードになった。
インタビューは、いきなり直球の質問から始めた。ソフィアさんに、わたしたちが考える「シビックプライド」の定義について、どう感じたかをまず聞きたかったのだ。
ソフィア:わたしたちも、シビックプライドについては、同じような定義をしています。
ただ、わたしたちが考える「シビック」は、そこに住んでいる人だけではなく、そこでビジネスをしている人や、そこにある施設といった”モノ”など、コミュニティにあるすべてのものを含んでいると思っています。
ゲール社は、もともと都市や公共空間の設計において「人にフォーカスすること」が大事という哲学を持っていました。ですが、もっと持続可能な都市づくりを考えた時に、人だけではなく、人を取り巻く環境もふくめてとらえることが重要だと気づき、ゲール社のビジョンも「Making Cities for People & Planet」(人と地球のための都市づくり)に変えました。
だから、わたしたちは、人が自分を取り巻く環境の中でどう動くのか、そしてどういう感覚を持つのかについて調査をするんです。人だけを見るのではなく、人と環境とがお互いどう影響を与えあっているか、その関係性を丸ごと調査して、データ化します。
グローバルでプロジェクトを行っているゲール社は、当然、文化や歴史、環境がまったく違う国々で「人と環境がどう影響を与えあっているか」を調査している。
例えば、日本とコペンハーゲンだと、人々の感覚も大きく異なるはずだ。それをどうやって把握しているのだろうか?
ソフィア:わたしたちは「感覚のスケール(物差し)」という言葉を使うのですが、確かに国ごとに「感覚のスケール」は違います。
例えば日本では、初対面の人にお辞儀はしますが、握手はあまりしないですよね。ましてや、ハグやキスはしない。それは日本の文化や歴史の影響を受けた行動ですし、それが日本の「距離感覚のスケール」だと思います。
そういう物差しが国や地域ごとにあるので、わたしたちは、なにか特定の仮説や考え方を持って、その国に行くことはしません。例えば「わたしたちが考える、いい距離感とは?」という仮説は持ちこみません。何の偏見も持たず、できるだけバイアスがかからない状態で、その国の社会に入り込んで、人々の動きを観察します。 いわば「人類学者のメガネ 」で、人と環境との関係性を観察するんです。
ソフィア:そうすると、その国や地域ならではの「社会的なスケール」が見えてきます。そのように調査をしながら、その国や地域の社会にあうデザインを導き出していくプロセスを経ます。
例えば、アラブ首長国連邦の首都、アブダビには、わたしたちが慣れ親しんでいるものとはまったく異なるスケール感があります。ストリートがとても広く、車移動がほとんどなので歩道が少なく、家の壁は高くてゲートにより外の空間と遮断されています。人々はプライバシーを確保することをとても大事にしていますし、コミュニティの中にいることをとても必要としています。デンマークとはまったく「感覚のスケール」が異なるので、注意が必要です。
「万人向けの」「みんなにとっていい」デザインなんてない
確かに、国や地域ごとに「感覚のスケール」が異なる点に注意することは、居心地のいい街や空間づくりにとって、重要なポイントだと改めて思った。
では、それぞれ「異なる感覚のスケール」を持つ多様な人たちが同じ地域に住んでいる場合は、どうすればいいのだろう?例えば、日本のスケールを持つ住民と、アブダビのスケールを持つ住民が同じエリアで暮らす場合は、どうすればいいのか。
ソフィア:わたしたちも、よくそういう問題に直面します。そのときに大事なのは、みんなが安心できる場所をつくろうとしないこと。なぜなら、そういう場所をつくるのは不可能だからです。「万人向けのデザイン」というものはありません。そうではなく、様々な異なる文化が個々に存在しつつ、どこかで一部がつながって重なり合うような、そんな場づくりを意識しています。
コペンハーゲンには、ユニークな公共政策があるんですよ。「コペンハーゲンをコ・クリエイト(一緒につくる)しよう」というものなんですが。ほら、よく行政がつくるバリアのようなものがあるでしょう?何をやるにもたくさんの手続きや許可が必要だったりしますよね?
コペンハーゲンでは、例えば、アートペインティングをしたい、とか、イベントをしたい、という希望があった場合、できるだけ手続きをシンプルにして、その活動をサポートする政策をとっています。そうすれば、様々なコミュニティが、それぞれ置いてけぼりにならずに、自分たちの文化や感覚を反映できますよね。
ソフィア:行政視点で「統一しよう」というのではなく、コミュニティに自由度を与えることで、先ほど話していた、異なる文化が個々に存在しつつ、どこかで一部がつながって重なり合う場、が生まれるんです。
そして、行政にとっていいのは、そうやって支援することで、行政への信頼が高まるということです。信頼が高まると、住民もより積極的に、自分たちの街をよくしようと活動する。そういういい循環が生まれてくるんです。
“アイレベル”で街をみる、瞬間の感情をデータ化する
信頼が生む、市民と行政との好循環。それが回れば回るほど、市民がより自発的に自分たちの街をよくしようと動き出す。これはまさに、シビックプライドを育てるエンジンのようなものだと感じた。
では、ゲール社は、そんな個々に異なる「感覚のスケール」をどうやって調査しているのだろうか。「感覚」なので、通常のアンケートなどでは計測できなさそうだが……。
そう聞くと、計測には「スマホのアプリ」を使っている、という答えが返ってきた。
ソフィア:そのアプリを持って街を歩いてもらって「アイレベル(自分の目線)の街の写真」を撮影してもらうんです。そして、その時自分が感じている感情、例えば、安心できる場所である、などを記入してもらったり、こちらから「どういう感覚ですか?」という質問をしたりして、たくさんの「街の感覚のスケール」データを集めていきます。
ソフィア:そのデータ集めを、色んなグループでやってもらいます。例えば、LGBTQ、ハンディキャップのある人、難民……それらのグループが、街のどんな場所をどう感じているのかを集めて、グループ別に、どこが違うか、どこが重なっているかを分析します。
そうすることで、彼らの感覚が理解できるようになるんです。ここは共通してこんな感覚を持っているな、とか、ここはそれぞれ異なるな、というように。
それをわたしたちは、まず理解したいと思っています。そうすると「みんなにとっていい場所」なんてないことがわかりますよね。むしろ、わたしの国では、「みんなにとっていい場所」をつくろうとすると、それは「白人の場所」になってしまう恐れがあります。
確かに、街づくりに限らず、「みんなのためにいいものをつくろう」という活動は、結局誰のためにもならないことが多い。
ただ、それぞれのグループに別々の場所をつくったら、グループが孤立してしまう懸念はないのだろうか?
ソフィア:そういう誤解はよくされます(笑)。なので、わたしたちは各グループが孤立しないように、どこかでつながるようなデザインも意識します。
例えばサンフランシスコで「ホームレスの人たちのコミュニティが安心して住めるようにするにはどうすればいいか」というプロジェクトを手掛けた時は、ホームレスのコミュニティと住民のコミュニティがつながるデザインを意識しました。最初は批判もあったのですが、結果、両者がいいと思えるデザインができ、ホームレスの人が安全だと感じられるような場所もつくったんです。
そのような、ゆるやかにつながるようにデザインすることで、別々だから孤立する、というより、「わたしたちが心地いいのはこういう場所、でもあの人たちが心地いいのはああいう場所」といった、他者と自分たちとの違いを認識して、受け入れることができます。 そこに本当の多様性が生まれると考えています。
以上が、ゲール社のソフィアさんインタビュー前篇だ。〈後篇〉では、ゲール社を語る上でのもう一つの重要なキーワード「アクティビティ」についての話をお届けする。そこには、日本における街づくりにも活かせるたくさんのヒントが詰まっていた。