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TOPTALK&INTERVIEW一人ひとりの声を消さない、地域ブランドの作り方

2024.08.07

一人ひとりの声を消さない、地域ブランドの作り方

市民のシビックプライドに火をつけるワークショップの仕組みとは
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「地域ブランディング」と聞いて、どのようなことを思い浮かべるだろう?

「わたしのひろしまゼミ」(詳細はこちら)は、企業や行政など官民で構成される広島都心会議が広島の地域ブランディングのために始めた取り組みだ。この取り組みは“一人ひとりにとっての広島の地域ブランドを見出したり、追求したりすることでシビックプライドの醸成を図る”ことが目的だという。

私は当日のワークショップを見学させてもらったが、参加者の幼少期を振り返るような質問があったり、全体でのディスカッションのみならず、一対一のインタビューに重きを置くなど、一人ひとりの思いを引き出すための様々な工夫が見られた。

今回は、このワークショップの運営を担当されている佐藤さん(広島都心会議事務局)と、ワークショップの企画設計を担当した日浦(読売広告社)の二人に取材した。お話を伺う中で、この形式でのワークショップの開催に至った経緯や、“一人ひとり”にこだわる二人の思いが見えてきた。※文中敬称略

    • 佐藤彰彦(さとう あきひこ)さん
      広島都心会議 ブランド部会 事務局/広島電鉄 地域共創事業部
      東北出身。大学入学時に地元を離れ、関西、首都圏で過ごしたのち、広島出身の妻との結婚を機に広島へ移住。広島の魅力に触れる中で、まちを支える誇りを感じながら広島をより良いまちにしていきたく現在の企業に転職。入社後、本社の企画部門や広島市役所出向などを経て、現在は広島都心のまちづくりに関わっている。
    • 日浦康雄(ひうら やすお) 
      読売広告社 都市生活研究所 ビジネスデザイナー/シビックプライドコンサルタント
      一人ひとりのMYシビックプライドを起点に地方創生を具現化すべく、コンサルティングプログラムを開発中。広島とのつながりは2012年に地場の通信系企業を担当して以来、足掛け10年以上に及ぶ。様々な広島企業の担当を続ける中で、コンパクトシティ広島の魅力を強く感じる一方、広島の方たちのなんとも言えない“まちへの自信のなさ”に疑問を感じたことが、ブランド部会へ関心を抱くきっかけとなった。現在では、月2回は広島で都心会議メンバーと議論を重ねている。

みんなに主体的に議論してもらうために「事務局」という言葉は使わない

広島都心会議は、広島のまちづくりに関わる様々なステークホルダーが参画する団体だ。佐藤さんも、広島電鉄の社員として会の事務局を務めている。読売広告社の日浦は、広島都心会議の会議体のひとつである「ブランド部会」のメンバーとして、広島の地域ブランドをどうつくって発信していくかという議論に参加している。
二人は、普段から様々な議論を交わす間柄のようで、佐藤さんの部会での印象を日浦が語ってくれた。

日浦:佐藤さんは、徹底的に黒子になろうとしている印象があります。本当は佐藤さんって超行動派だし、熱量もものすごく高くて、いろんなアイデアも持っていらっしゃる。でも、議論中は一歩身を引いて、メンバーみんなの心に火が付くのをぐっと待っている感じです。それは佐藤さんが、事務局が主導するんじゃなくて、メンバー自身が勝手に発火していく状態をつくりたいと考えているからだと思いますね。

佐藤:僕ってそんな印象だったんですね(笑)。でも確かに意識はしています。僕、「事務局」という言葉は極力使いたくないんですよ。事務局と言っても、「全体の企画・運営をする人でしょ?」という人もいますし、「会場の手配やお金周りの事務処理や経理処理もしてくれる人だよね?」という人もいて、イメージがバラバラなんですよね。
そういう風に役割があいまいだと、結局「これも事務局ね」といろんなことが事務局任せになりがちです。でも、この広島都心会議では、一人ひとりが当事者にならないといけないと思っていて。極端な話、事務局という言葉がある限り、メンバーの当事者意識は生まれないんじゃないかと思っています。

対話で大事なのは、公私の「私」の部分をどう引き出すか

黒子に徹する佐藤さんの姿勢は、リーダーシップを持った人は前に出て、場を仕切るイメージがあった私には意外に映った。佐藤さんは自分が前に出なくても、メンバー同士の対話が促されるような工夫をしているという。
「対話が大事」という話は、 まちづくりやシビックプライド醸成に関わる人たちからもよく聞く。佐藤さんが対話において意識していることは何なのだろうか。

佐藤:特にオフィシャルな会議“以外”での対話が大事だと思っています。広島都心会議のメンバーは、出身地も経歴も全然ちがう人たちが集まっているんですよね。そういう集まりだからこそ、自分はここで話していいんだという安心感をつくってあげて、お互いのことを深く知っていくという過程を経ないと腹を割った議論はできないんじゃないかと。だから、議題やまちづくりの話だけではなくて、もっとお互いがその人自身に興味を持てるように、懇親会も意識的に開催しています。プライベートの話も結構していますよ。

日浦:今のお話を聞いていて、公私の「私」の部分で対話することが重要なんじゃないかと思いました。広島都心会議の皆さんは、企業から派遣されて来ている方たちなので、元々は公私の「公」の部分で会話していたはず。でも、本来シビックプライドって公私の「私」の部分じゃないですか。自分は広島のここが好きだ!という話をするときには、やはり企業人であっても「私」の部分を引き出さないといけないということですよね。

紛糾する議論こそが「広島らしさ」を物語っていた

“一人ひとりの心に火がつく”対話を重視しているブランド部会。
実は今回の「わたしのひろしまゼミ」も、そんなブランド部会の姿がヒントになって生まれたものだという。

佐藤:日浦さんたちと話す中で「シビックプライド」という言葉に触れて、これは大事な考え方だと思いました。あらためて、私たちは誰かがつくったまちに住んでいるのではなくて、住んでいる自分たちこそがまちをつくっているんだよなと。だからまずは、自分たちが考える広島らしさとは何なのかという議論から始めることにしました。
でも、ブランド部会での議論は白熱するものの結論はなかなか出なくて……気づけば会議の回数は十数回を超えていました。そんな時に日浦さんが、そういった熱い議論が何回もされていること自体が、広島らしさではないかと言ってくれて。

日浦:そうですね。「ブランド」を考えようとするとどうしても、一言で表そうとか、1つのコンセプトとしてどうまとめていくか、ということにフォーカスしてしまいがちですけど、僕はこのブランド部会の議論のプロセス自体にヒントがあるなと思ったんです。ずっと議論を見ている中で、広島の人たちがここまで熱く広島について語る姿自体が僕にとっては意外でした。


日浦:普段広島の人と接していると、「広島のブランドと言えるものなんてレモンくらいしかないよね~」みたいな話をしていて、あんまり語ろうとしない人たちなんだなと思っていました。でも、ブランド部会ではみんな、広島の良いところはココもあってアレもあって…と、どんどん出てきて、一つのイメージには収まりきらない様子で。広島の人たちは普段はシャイで“ひろしま愛”を語らないけども、本当は内に秘めた地元愛は人一倍強い人たちなんじゃないかと。
この気づきが、今回のワークショップ「わたしのひろしまゼミ」の設計にも活きています。ブランド部会での議論の過程を追体験してもらう感覚で、市民一人ひとりが自身の“ひろしま愛”について存分に語って、考えてもらう時間をつくろうと思いました。

一人ひとりの声を消さないワークショップのポイントとは?

そのような経緯で生まれた「わたしのひろしまゼミ」。初回にあたる今回は、ブランド部会のメンバーに加えて県内の大学生も参加した。

日浦:このワークショップのポイントは大きく2つあります。1つは、全員が集まってディスカッションするのではなくて、一対一のインタビュー形式が主軸になっていること。全員でのディスカッションや3~4人のグループワークが主軸になると、たとえば広島に対するシビックプライドが高い人と低い人が一緒になったとき、どうしてもシビックプライドが高い人の声のほうが熱くて強いから、シビックプライドの低い人の声がかき消されちゃうんじゃないかと思って。今回のワークショップは、シビックプライドが低い人たちにも広島らしさを考えてもらって、彼らの中の“ひろしま愛”が燃え広がるのを待つことが目的なので、そこはあえて時間をかけてでも、一人ひとりがじっくり話をできる形式にしました。

ワークショップ当日の様子

日浦:もう1つのポイントは、自分自身の幼少期から振り返りながら語ってもらうことです。ブランド部会で公私の「私」の部分から対話を深めていったように、「私」の部分を引き出すにはどうすればいいか?を考えたとき、“今何を考えているか”を起点に語ってもらうよりも、幼少期からの自分の体験を辿りながら語ってもらうほうが、「私」が引き出されやすいんじゃないかなと思いました。印象的だったのは、ワークショップが終わったときに、ブランド部会のメンバーのひとりが言っていた「もっと恥ずかしがらずに広島を好きって言おうと思った」という言葉。あれだけ広島のブランドについて考えている人でも、やっぱりこのくらいじっくり自分ごととして広島について話さないと、その言葉は引き出せなかったんだなと思いました。

ワークショップ当日(一対一インタビュー)の様子

当日、私もワークショップの現場にいたが、最初は緊張した面持ちだった参加者が、幼少期から振り返るうちに打ち解け、お互いの“ひろしま愛”について語り合う姿が、会場のあちこちで見られた。まちづくりへの関与度が高い人も低い人も、自分自身のシビックプライドに自覚的な人もそうでない人も、あらためてひとりの“私”として自分の中にある広島への思いに気づいていく。そんな光景を見ていて、「誰も取り残さない対話」が実現していることを感じた。

すぐに結果は出なくても、「まちの血管を通す」仕事と思えばいい

一対一のインタビューに、子ども時代から振り返る質問の数々。誰も取り残さない対話の深さに圧倒される一方、限られた時間の中で“みんな”ではなく“一人ひとり”という単位にフォーカスすることは、勇気がいることなのではないかとも感じた。なぜなら、こうした視点は大事だとわかっていても、ビジネス上の成果の前では“効率が悪い”と言ってあきらめざるを得ないことも多いからだ。

日浦:実は僕自身も、ブランド部会に参加しはじめた当初は、これって何になるの?とかビジネス上のゴールは何なの?とちょっと不安でした。でも、ブランド部会のメンバーの議論をずっと見ていて、こういう熱い議論をする土台があること自体が大事なんだなと気づいて。今後広島をどういうまちにしていきたいかという市民の議論がないまま、事業ありき、成果ありきで事業者がバラバラとまちづくりをしていても、まち全体の活性化にはつながらないと思ってます。そこでブランド部会が、市民一人ひとりが未来の自分たちの広島について考える機会を提供することで、みんなが納得できて、主体的に関われるまちづくりにできるんじゃないかと。まちに血管を通すのがブランド部会の役割で、そのおかげで細胞ひとつひとつ、つまりそれぞれの事業が活性化していく、そんなイメージです。だから、ビジネス上の成果として目に見えるのはもっと先になるかもしれないけど、まずは広島全体に血管を通していくことが、数年後に大きな動きを生み出すことにつながるんだって、結構マジで思ってます。

佐藤:まさにそうですね。私もいち企業人ですが、企業目線だと、「自分たちの事業を」どうまちづくりに活かせるかという順序で考えますよね。でもブランド部会では、「このまちの未来に役立つものとして」自分たちの事業をどう貢献させるかという発想になります。交通事業で例えると、前者は「うちの会社ではこういう乗車券サービスがあるので、それを市民に使いやすい形にしましょう」となる。でもそれって本当にまちにとって必要かどうかは分からないですよね。そうではなくて、「まちにとってこういう移動サービスが必要だよね」という議論があって、それならうちの会社ではこういう貢献ができそうだという形で発想するというか。特に今の広島の都心部は、大規模な再開発が迫っている大事なタイミングなので、機運が高まっている今を逃さずに、「どういうまちになりたいのか」の対話を広島中に広げていきたいですね。

日浦:僕は、県外に出ようとしている若い人たちに向けてもワークショップを開催してみたいですね。そういう人たちに「どうして広島を離れるのか」ということが聞ければ、広島のブランドをつくっていくにあたって、今なにが足りないのか、今後なにが必要か、が分かってくると思うんですよね。

各地で見られる地域活性化の取り組みは、すでにシビックプライドが顕在化している人が参加者の大半を占める場合も多い。そんな中、「わたしのひろしまゼミ」は、シビックプライドが顕在化している人も、そうでない人も含めて、一人ひとりの広島への思いが着火するのをじっと待つ、そんな取り組みだ。そのような“誰も取り残さない”会議体の先進事例として、今後同じような課題を抱える自治体にも、どんどんこの取り組みが広がっていきそうな、そんな可能性を感じた。

編集後記

ワークショップを見学した日の夜にブランド部会の懇親会に参加させてもらった。そこでメンバーの方とご当地ラーメン論を繰り広げることになった。私が「広島だと尾道ラーメンも有名ですよね」というと、メンバーの方が「確かに美味しいんだけど、札幌ラーメンや博多ラーメンに比べてパンチがある味じゃないから、観光で来てわざわざ食べようとはならないんだよねぇ」と。ほかの人も「ラーメンなんてどこで食べても大体美味いから、そこで負けちゃうってことは地域のブランド力の差だよねぇ」とネガティブな発言。でも、まさにこれが日浦の語る「普段は自分の“ひろしま愛”を隠すけど、本当は人一倍愛が強い」広島人の特徴かと思うと、この人たちも本当は広島が大好きなんだなと気づいた。彼らの話を忘れられずにいた私は、結局帰りの新幹線の駅で、尾道ラーメンのお土産を買ってしまった。この人たちの魅力そのものが広島の魅力になっている、そう感じた広島取材だった。

(取材:小関/文:黒田)

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