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TOPTALK&INTERVIEW「官民一体」ってよく聞くけど、どうやったらできるの?〈前篇〉

2024.03.06

「官民一体」ってよく聞くけど、どうやったらできるの?〈前篇〉

飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクトに見る、官民一体という“チーム”のつくり方
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“官民一体となったまちづくり”―よく聞く言葉だけど、言うは易く行うは難し、だ。

今回は、“官民一体”の事例として、岐阜県飛騨(ひだ)市の「飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト」に携わる3人にお話を伺う。

飛騨市役所職員の今村さん(=官)。飛騨市で代々続く老舗料亭を30年以上にわたって営んできた、料理人の北平さん(=民)。そして、「地域おこし協力隊」として数年前に飛騨にやってきた岡本さん(=官と民の架け橋)。

立場のちがう3人だが、みんな口をそろえて「ここまで官民一体になって取り組めているところは他にないんじゃないか」と言う。すごい。何がすごいって、ここまで官民一体の“実感がある”ことだ。

 

前篇では、「民」を引っ張ってきた北平さんと、「官」の立場でプロジェクトに携わる今村さんに、「官民一体」とはどういうことなのかを伺いながら、“一体”になるための「官」のあり方、「民」のあり方を考える。 ※文中敬称略

    • 今村彰伸(いまむら あきのぶ)さん
      飛騨市商工観光部まちづくり観光課 資源係
      飛騨市職員。市の薬草事業には、プロジェクトメンバーとして2年、事業担当者として3年の計5年関わっている。
      飛騨市(旧古川町)出身。高校卒業後地元を離れるが、7年前にUターン。以前は自然に関わる仕事をしていたこともあり、自然資源である薬草にも興味をもちプロジェクトに参画。様々な人が関わる楽しい薬草事業を目指して奮闘中。
    • 北平嗣二(きたひら つぐじ)さん
      NPO法人 薬草で飛騨を元気にする会 理事長
      1959年5月19日生まれ。大学卒業後料理の道へ。昭和60年に料理旅館蕪水亭入社。2014年9月8日NPO法人「薬草で飛騨を元気にする会」を設立、理事長就任。現在に至る。
    • 岡本文(おかもと あや)さん
      飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト 地域プロジェクトマネージャー/NPO法人薬草で飛騨を元気にする会 理事/Lib.(りぶぽわん)代表
      大阪、福岡、千葉、パリ、ニューヨークでの生活を経て飛騨に移住。飛騨歴5年。出生地は愛媛。新卒でみずほ銀行に勤め、その時の心身の疲れを癒してくれた植物の仕事(生花店)に転身。フランス各地とニューヨークで花を飾る経験を積み、帰国後東京・港区の花屋に勤めている時に飛騨の薬草料理のことを知り、今に至る。

そもそも「飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト」って?

岐阜県の最北端に位置する飛騨市は、飛騨山脈などの山々に囲まれ、総面積の約94%を森林が占める自然豊かな土地。そんな恵まれた自然環境を背景に、飛騨市にはたくさんの「薬草」が自生しているという。その数、なんと245種類以上!岡本さん曰く、「歩いていると必ず出くわす」くらい、身近にあるのだとか。
「飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト」は、そんな飛騨市の貴重な資源である「薬草」を活用したまちおこしに取り組む、市役所のプロジェクト。

今村:飛騨市では、地域資源の掘り起こしに力を入れていまして。“既にあるものに、実は価値がある”と考え、それを徹底的に活用していこうと動いています。薬草事業もそのひとつですね。

今村さん

草の根的な活動だけでなく、制度や環境も整える

市民の健康づくりと地域活性化を目的に、市やNPO法人、薬草愛好団体、地元企業といった様々な立場の人たちが協働しながら、2013年から薬草の活用に取り組んできたというが、その活動は多岐にわたる。

今村:一番シンボリックな活動は、毎年の「飛騨市薬草フェスティバル」の開催ですが、薬草をつかった商品開発も進めていますし、そのために「薬草商品登録制度」も創設しました。市が定めた基準を満たすものを「飛騨市薬草商品」として登録し、市内外に周知できるようになっています。
それと、市民や観光客が薬草に親しめる・学べる場として、ここ「ひだ森のめぐみ」という施設をオープンしました。ここでは薬草を使ったワークショップも日々行われているんですよ。

取材時に頂いた資料の中には、商品開発された薬草のブレンド茶や薬草の入浴剤も入っていた!

今村:あと、自生する薬草をだれでも見学できるように、森(正式名称:「朝霧の森」)も整備していますし、最近では薬草の栽培技術研究も進めています。効率的に栽培できれば、より手軽に薬草を使えるようになりますからね。他にも、NPO法人が薬草コンシェルジュ制度を創設して、薬草を普及できる人を育てたり…

話を聞きながら、あまりの活動の幅広さに圧倒されてしまった。イベントの開催や発信にとどまらず、将来に向けた「育成」や「拠点づくり」・「制度づくり」に至るまで、しっかりシステムができているところに、“官民一体”の姿が垣間見える。そして、今村さんが「このプロジェクトを当初から先頭で推進している人物」と紹介してくれたのが、北平さんだ。

薬草を料理として生活に取り入れやすい形に

北平さんは、明治初期から続く地元の老舗料理旅館「蕪水亭(ぶすいてい)」の4代目館主。
本業は料理人だが、NPO法人「薬草で飛騨を元気にする会」を立ち上げ、理事長もつとめている。料理人でありながら、地域にかかわっていこうと思ったきっかけは何だったのだろう?

北平:26才の時に父親が亡くなって、店を継いだんですが、当時から地域とのつながりに危機感がありました。店自体は4代続いているので地元の人とのつながりもありましたが、それはあくまで“父の顔”でつながっていただけで。自分の顔を知ってもらわないと、跡継ぎとしてやっていくことができないと思ったんです。だから、地域とのつながりは僕にとってとても重要でした。
そんな危機感もあって、30代の時に青年会議所に入り、地域とのかかわりかたを学びました。地域のために活動しようという意識の高い環境で育ててもらったので、その感覚が今につながっていると思います。

北平さん

青年会議所での経験から、地域のための活動に積極的だった北平さんに、ある時、「薬草」の話が持ち上がる。

北平:僕が「薬草」に力を入れるようになったきっかけは、2014年に飛騨市で「全国薬草シンポジウム(※)」の開催が決まった時でした。シンポジウムで薬草料理をふるまえる料理人を探していた市役所の担当者から声をかけられて。薬草料理なんて作ったことがなかったんで最初は戸惑いましたけど、ちょっと面白そうだなって思ったんです。

※全国薬草シンポジウムとは:2012年~薬草を活用する全国各地の市町村を会場に開催されているイベント。北平さんが薬草料理を担当した2014年が、飛騨市での初めての開催。これまで飛騨市では3回開催されている。

薬草料理

北平:薬草って、“くさい・まずい・にがい”っていうイメージがあるでしょ?薬草を摂取している感覚にはなっても、“美味しい料理”を食べた気分になれることってなかなかない。だから僕は、“美味しい料理”として薬草料理をつくることにずっと力を注いできました。だって、美味しくないと生活に根付きませんから。
シンポジウムに向けて50品の薬草料理を作るのは大変でしたけど、これをきっかけに、薬草でやっていきたいと考えるようになりましたね。

自分の利益だけを求めていたら、1は1でしかない

薬草料理をきっかけに本格的に薬草事業に関わるようになった北平さんは、NPO法人「薬草で飛騨を元気にする会」も立ち上げ、飛騨の薬草事業を引っ張る立場になっていった。
そんな北平さんについて、今村さんは「北平さんがいなかったら、“民”はここまで活発になっていなかったと思います」と語る。

今村:官民一体といっても、関係者の思いはそれぞれあり、みんながそこまで「おっしゃ!やったるぞ!」っていうわけでもない中で、一番引っ張ってくれたのは間違いなく、北平さんですね。

今村:やっぱり北平さんの好奇心はすごいと思います。現場にもよく行かれていますよね。会うと、いつも服のどこかに薬草がくっついていたり(笑)。
北平さんは、薬草料理を試行錯誤する中で何度も失敗した、と楽しそうに話していますけど、普通だったら、失敗しても新しいことをやり続けられる人ってなかなかいないと思うんですよね。ある程度、「間違いなくこれは自分の仕事に役立つな」と思った時点で食いつくっていうのが普通だと思うので。
でも、北平さんはゼロから自分で実践して、挑戦を続けている。そういう姿勢が、周りの人を動かすんだと思います。

北平:最初はすごく苦しかったですけどね、どうせ料理するならわくわくしたいよねって思ってます。そうやってプラス思考に考えていかないといいものは生まれない
それに、自分の利益のためだけにやっていても面白くない。自分の利益だけを求めていったら、1は1なんですよ。ところが地域全体を元気にしていけば、1が10にでも100にでもなる可能性が出てくる。だから僕は、「飛騨を元気にしたい」という思いで取り組んでいます。

持続可能なプロジェクトにしていくために、「官」にできること

「民」という立場で薬草事業を引っ張ってきた北平さんだが、ここまで活動を大きくできたのは「官」が力を入れてくれたからだという。

北平:「民」だけではできないこともあります。たとえばですけど、もし、私が料理人として薬草料理を広めよう!と声を上げても、同業者はみんな「なんであいつの言うことを聞かなきゃいけないんだ」となりますよね。みんなで一緒に、って結構難しいんですよ。
そういうときは、「官」の出番です。市が宣言することで、オフィシャルに進めることができる。オフィシャルになることって、やっぱり大事なんです。

良い活動を、制度や仕組みとして定着させたり、市内外へオフィシャルに発信したり、「官」が共に取り組むからこそできることはたくさんある。
さらに、「官」も、事業を推進していくためにどんどん形を変えている。

今村:薬草事業に取り組み始めて約10年経った今、市役所内でも「薬草事業にかかわるのって楽しいな」と感じている職員が増えてきています。私もその一人です。でも、市の職員ってどうしても部署異動があるので、せっかく楽しいなと感じても、数年すると異動になって薬草事業にかかわれなくなってしまう、というのがネックでした。
異動してもかかわり続けたい、という職員が増えてきたことを受けて、今は市役所の「プロジェクト」として薬草事業を位置づけ、所属をまたいで、やりたい人がかかわれるような制度ができました。市長直轄のプロジェクト、というのも大きいですね。
薬草でまちづくり、ということを推進している地域は他にもあるかもしれませんが、官と民、両方がこれだけ力を入れて推進している地域はなかなかないんじゃないかなと思います。

官民が一体になりやすいテーマだった

このプロジェクトで官民が一体になれる理由のひとつとして、“薬草を活用したまちづくり”というテーマの影響も大きい、と北平さんは語る。

北平:これまで、様々な形で飛騨の活性化には取り組んできましたけど、まちづくりって、観光業者のためだけのまちづくり、商工業者のためだけでのまちづくり、というように、特定の関係者に偏りやすいんですよね。そうすると、「このまちづくりは俺らには関係ない」って考える人も出てきてしまうわけです。
でも、「薬草を活用したまちづくり」なら、飛騨市のあらゆる人たちを巻き込むことが可能になる。
飛騨市は、高血圧の人の割合が全国平均よりも高いんですが、薬草で住民が元気になれば、市民の健康寿命は伸びて、市の財政も健全になるわけですよね。しかも、薬草の商品開発となれば地元の企業もかかわれるし、薬草のイベントで観光客が増えれば観光業者も潤う。

特定の人に偏ることなく、それぞれの立場で「薬草なら、うちの業種ではこんなことができそう」とイメージが湧いてくるようなテーマだからこそ、自ら積極的にかかわろうという意識も生まれ、地域全体がひとつのチームとして一体になれるのだろう。

官民一体は、次のフェーズへ―新たに出てきた課題

今村さんも北平さんも、官民一体で進められている実感・自負があることが、言葉の端々から伝わってくる。見えてきたのは、好奇心を持って道を切り拓いていく「民」と、その好奇心に触発され、ワクワクが続くようにサポート体制を整える「官」、という姿だ。
事業としてやりたいことが見え、そのための体制が整い、これで官民一体となる土台はできた。ただ―と北平さんは続ける。

北平:ただ、これだけではまだ一体になれません。薬草に無関心な人もまだまだ多かったですし。「官」の強制力だけ、あるいは「民」で僕が引っ張るだけでは、無関心層のモチベーションはついてこない。こういうことは後々どんどん不協和音となって出てくるので、気をつけないといけないんですよ。

地域全体・市民全体への薬草活用の普及へ―プロジェクトが新たなステップに差し掛かると、新たな課題も同時に浮かび上がる。どのように仲間を増やし、どのように市民の生活に浸透させていくか。そこで登場するのが、岡本さんだ。

北平:大きな車輪を回すときって、ものすごく力がいるでしょう?それを動かすときに、岡本さんが来てくれたんですよ。彼女はまさに、「官と民の架け橋」ですね。

〈後篇〉では、そんな第三の立役者である岡本さんが登場。今村さんと北平さんが「官と民の架け橋」と絶賛している彼女の果たした役割とは?

岡本さんは後篇に登場!

(取材・文 小関)

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