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TOPTALK&INTERVIEWその数なんと3000句!

2024.01.24

その数なんと3000句!

高山市民から集まった「シビックプライド川柳」とは
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「シビックプライドという言葉をつかって“地域のかるた”を作りたい」、その相談のために、岐阜県高山市から私たちのオフィスのある東京まで来てくださった、高山青年会議所の中西さん。わざわざ直接訪ねてくれた、その行動力と熱意に驚いた。

高山青年会議所は、2023年度の活動方針として、「シビックプライド」をテーマに掲げている。
日本有数の観光地と知られる高山で、なぜ今「シビックプライド」を掲げる必要があるのだろう、と私はすこし不思議に思っていた。

この「なぜ?」の答えを知るべく、中西さんたち高山青年会議所が開催した「タカヤマシビックプライド川柳竹林展示会」に足を運んだ。(展示会の概要はこちら)

中西さんと、高山青年会議所理事長の中澤さん、そしてこの展示会で理事長賞に選ばれた川柳を詠んだ、高山市民の上嶋さんにお話を伺いながら、市民が発信するシビックプライドについて考えていきたい。

※文中敬称略

    • 中澤淳(なかざわ じゅん)さん
      一般社団法人高山青年会議所 2023年度理事長/有限会社オリジナル 代表取締役社長
      1985年生まれ、岐阜県高山市出身。高山市内の高校を卒業後、都内の大学に進学。卒業後は都内での就職を経て、30歳の時に帰郷し父が経営する土産品の製造メーカーである有限会社オリジナルに入社。現在は父の跡を継ぎ、「人の希望に寄り添いともに育む企業」を目指して、飛騨の代表的なマスコットである「さるぼぼ」の製造と観光地への供給を行っている。帰郷後に高山への愛に目覚め、高山をもっと魅力的なまちにしたいという想いから高山青年会議所に入会。2023年には理事長として「シビックプライド」と「Connect」を軸にまちづくりを推進した。
    • 中西康太(なかにし こうた)さん
      一般社団法人高山青年会議所 2023年度This is シビックプライド委員会 委員長/株式会社丹生川観光 専務取締役
      1983年生まれ、岐阜県高山市出身。高山市内の高校を卒業後、千葉県の大学に進学。卒業後は父が起業した、貸切バス事業・旅行業の株式会社丹生川観光に入社。地元高山の方々が県外へご旅行される際や、海外の方々が高山観光をされる際にご利用をいただき、多種多様なお客様と触れ合うことで、高山の魅力を再認識し、2021年に高山青年会議所に入会。2023年、中澤理事長の元、This is シビックプライド委員会の委員長として「タカヤマシビックプライド」の醸成と普及に務める。
    • 上嶋裕子(じょうしま ひろこ)さん
      「タカヤマシビックプライド川柳竹林展示会」理事長賞受賞。

“絶対に” シビックプライドをスローガンにしようと思った

高山青年会議所で理事長を務める中澤さん、委員長を務める中西さん。おふたりの名刺にはそれぞれ勤務先が表記されている。普段、中澤さんは地域のお土産品をつくる会社、中西さんは観光バス会社に勤務されており、青年会議所での活動は本業とは全く別の活動だという。日々仕事をしながらも、青年会議所のメンバーとして、積極的に地域に関わっていこうと思ったきっかけは何だったのだろう。

中澤:僕は、高校を卒業して東京の大学に進学したのですが、自己紹介するときに「高山出身です」と話すと、「あ!飛騨高山、修学旅行で行ったことあるよ」とか、「実家はさるぼぼを作っている」と話すと、「お土産品で買ったことある!」といったように初めて会う人がすぐに地元を認識してくれたんです。それまでは特に意識したことがなかったのですが、外から見た地元の印象を聞いて「なんか自分の地元っていいところなんだな」と感じました。その後、家業を継ぐタイミングで高山に戻り、仕事とは別の部分で自分も地元の魅力を伝える活動に携わっていきたいと思うようになりました。それが青年会議所に入会したきっかけです。

中西:私は、もともと青年会議所のメンバーだった兄が引退するタイミングで新入会員になりました。入会のきっかけは自発的ではありませんでしたが、今は自分が生まれ育ち、暮らしている高山を、自分の子供が大きくなった時に“良いまちだ”と思ってくれたらうれしいなと思い活動しています。

理事長を務める中澤さんは、「2023年度の青年会議所の方針に“シビックプライド”を絶対に入れたかった」と話す。なぜ、「絶対に」というほどシビックプライドにこだわったのだろう。

中澤:東京から地元に帰ってきて気づいたのですが、高山には青年会議所のほかにも、個人や地域レベルで思い思いに集まって勉強会をしていたり、まちの魅力を伝えるために活動している人がたくさんいたりして。ただ、それぞれの活動は、点としていくつかあるだけで、まちという視点で見るとバラバラとしている印象でした。個人個人の思いや活動のパワーを活かすためにも、なにか市民全体で目指すことのできる一つのテーマを持っていれば、もっと高山市全体で活動が広がっていくと考えるようになりました。

中澤:高山というまちのために、活動している人たちみんなで同じ目標を掲げていけたら…!そう思っていた時に“シビックプライド”という言葉を知りました。高山でこの言葉を知っている人はまだまだ少ないのですが、まずは「高山のシビックプライドを醸成する」ことをまちづくりの目標として掲げてみる。そうやって言葉にすることで、点でバラバラだった活動がつながり、ひとつになる流れを作りたい、そう思っています。

観光地として有名で、市民の人々も自発的に様々な活動をしている、そんな高山にシビックプライドというテーマは必要なのか。もっと言ってしまえば、なくても十分にぎわっているのでは― 取材前はそう思っていたが、中澤さんの言葉を聞いてハッとした。
もちろんシビックプライドの醸成には、市民の自発的な活動は大事だ。でも、それを「まち全体の視点」で見て、個々の活動のパワーをひとつにするために「シビックプライド」という言葉を見つけ、掲げ、その浸透に奔走する中澤さんのような人がいるからこそ、個の力がまちの力になるのだと気づいた。

市民から集まった3000句分のシビックプライド

高山でシビックプライドを醸成していくための第一歩として、市民の人々に高山のシビックプライドを感じてもらう機会をつくろうと企画したのが、「タカヤマシビックプライド川柳竹林展示会」だ。

中西:まちに対する愛着や誇りを持っている人を新たに増やすことも大事ですが、まずは、いま思いを持っている人の気持ちを強くすることから始めればいいのでは、と考えました。そして、その思いに触れた人にも、その気持ちがどんどん連鎖していったらいいなと。この展示会のタイトルにシビックプライドという言葉を入れることで、市民それぞれが“高山に対する自分の思い”を持って参加してくれる。さらに、展示している川柳をみて“けなるい(飛騨弁で「いいなあ」という意味)”と思ってくれる人が増えたり、シビックプライドを持つ人同士が関わり合うきっかけになっていったら。そんなイベントを目指して準備してきました。

「タカヤマシビックプライド川柳竹林展示会」の会場

中澤:今回、約1300人から応募があって、3000句が集まったのですが、少なくともこの1300人の方々は、シビックプライドを意識してまちを見て、自分の言葉で発信する体験をしたことになります。このように少しずつシビックプライドを知ってもらう、知っている人口を増やすことが今年の活動で重視したい点です。

世代を超えて共通言語となる“おかめ石”

「年経ても 探して通る おかめ石」

この句は今回の展示会で中澤さんが理事長賞に選んだ句だ。「おかめ石」とは、高山市馬場町にある「えび坂」(※かつて、えびの背のように曲がっていたことが由来の高山市にある坂)の、両サイドに積みあがる石垣の中の石。この石が“おかめ”のかたちをしていることから、地元では「おかめ石」と呼ばれているそうだ。
この句を詠んだ高山市在住の上嶋さんにもお話を伺った。

(左)おかめ石がある「えび坂」 (右)石垣の中にある”おかめ”のかたちをした「おかめ石」

上嶋:たまたま川柳募集のチラシを見て「私にとってのシビックプライドは何かな」と考えたとき、一番初めに思い浮かんだのが“おかめ石”でした。高山市に何十年も住んでいますが、いまだにえび坂を通ると、つい、ちらっと石垣を見ておかめ石を探してしまうんです。
今は少子高齢化によって若者が少なくなったり、地域のイベントが減ってきたりと、まちの雰囲気も昔と変わってきて。さみしく感じるときもあるけど、おかめ石だけはそこにあって。きっとほかの市民の人も、えび坂を通ると、私と同じように「今もそこにあるかな?」と気になり探してしまうのでは、と思い、川柳に入れました。

中澤さんはこの句のどんなところに共感し、理事長賞に選出したのだろうか。

中澤:子どもの頃から、母親も周りの地元の人も、えび坂を通ると必ずおかめ石を探している風景があって。僕自身、一度東京に出て地元に帰ってきた今でも、えび坂を通ると「どこにあったっけな?」とやっぱり探してしまうんです。本当に、ただの石でしかないのに(笑)。それでも子どもの頃からいまだに変わらず探し続けるって面白いことだと思うし、今の子どもたちもおかめ石を知っているのがすごくいいなと思って。
なんてことないものでも、地元でずっと伝わるものは魅力的だな、これからも連鎖していってほしいなと思い選びました。

“おかめ石”の話になった瞬間、中澤さんも中西さんも上嶋さんも「毎回なんで探してしまうんだろうね~(笑)」とパッと笑顔になって盛り上がった。“おかめ石”をこのまちの共通言語のように話す姿を見て、うらやましいと思った。観光客にわざわざ紹介するような場所でもない、なんてことない場所だけど、えび坂を通っておかめ石を思わず見てしまう自分に気づくと「地元に帰ってきた~」「地元っていいな」、そう思わせる何かが、この景色にはある。

中澤:おかめ石は、石自体が特別なわけではないけど、地元の人がみんな「そこに行くとつい探してしまう」もの。そういう共通の感覚で盛り上がれるのって、魅力だと思うんです。今回の展示会では、こういう“なんてことないもの”も発信して、「ああ、そうか、これも私のまちの魅力なんだ」と会場に来てくれた市民の人に感じてもらう。そして「自分のまちの魅力ってほかに何だろう」と考えるようになって、それをまた別の形で発信するようになってくれたら。まちへの思いや誇りって、そうやって高まっていくものではないかと思います。

可視化することで実感できる、市民に共通するまちへの思い

最後に中澤さんに、今後の活動について聞いてみた。

中澤:最終的には展示会で選出された句で「タカヤマシビックプライドかるた」をつくり、子供たちが遊べる形にしていきます。初めてかるたで遊んだ時には、地域の魅力かどうかわからない場所でも、いつか外に出て地元を俯瞰して見たときに、「あの場所って特別だったんだ」、「高山ってやっぱりいいまちだ」と思ってもらえたらうれしいです。
は青年会議所主体でシビックプライドを掲げて活動していますが、まちに対する思いが強くなって、このまちのために活動したいと思う人が増えていくと、高山はもっといいまちになっていくんだろうなと思っています。

地元の人が感じたまちの魅力に、かるたを通して子供たちが触れていく。そして、大人になった子供たちが、その句に詠まれた景色に出会ったときに「あ、あれだ!かるたに出てきた場所だ」と思い出とともに、まちと自分のつながりを感じるはずだ。シビックプライドは、ひとつの決まった答えがあるわけでも、目に見えるわけでもない。でも、シビックプライドをテーマに川柳やかるたとして可視化することで、高山市民が共通して持っている、高山市民だからこそ共有できる、まちへの思いを実感することができる。市民同士が大切に思うまちの姿が見つかる分だけ、”タカヤマシビックプライド”が今後も生まれていくだろう。

編集後記

取材前、高山駅に到着してすぐに「えび坂のおかめ石」を見に行くことに。
ホテルのフロントでおかめ石の場所を尋ねると、「あ~ここにありますけど、わざわざ観光するような場所では・・・」と言われた。地元の人によく知られているけど、わざわざ行く場所じゃないってどういうところだろう?と不思議に思いながら、えび坂へ。えびのようにくねっと曲がる坂の両端。石垣の中。一緒に取材に行った編集部メンバーと2人でじっと、じーーーーーっと“おかめ石”を探した。

「あ!これだ!おかめのかたち!」

取材中、中澤さん、中西さん、上嶋さんが「えび坂の電気の下のおかめ石~♪」と、地元の人が口ずさむという歌を教えてくれた。3人がおかめ石の話をしながら、盛り上がる様子を見て、「あ~、まさに電気の下を辿ったらおかめ石を見つけられたなあ」と思い出した。そして、「私たちもえび坂でおかめ石を見てきました!!!」と伝えた。

たしかに、おかめ石は観光スポットとして知られているわけでも、そこに特別な何かがあるわけでもない。でも、おかめ石を見ただけなのに、中澤さん、中西さん、上嶋さんが楽しそうに話す“共通の話題”に自分たちが加われたことがうれしかった。一気に距離が縮まった気がした。

地元の人にとっては“なんてことない”場所がそのまちの思い出に、顔になったりする。おかめ石にはそんな不思議なパワーがあった。高山から地元に帰ってきて“私のまちの、地元の人だけが気になるスポットは何だろう?”そう考えるとまちをよく見て歩きたくなる。そこから、気づいてなかったまちの魅力を知ることができるのかもしれない。

(取材・文:八木)

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