\NPO萩まちじゅう博物館 山本明日美さんからメッセージ/
学生時代に都市計画の研究で萩を訪れた頃、ちょうど「まちじゅう博物館」の構想が立ち上がり、NPOまち博への参加とともに移住しました。 ほかの初期メンバーは地元住民ですが、就職などで一度地元を離れてから戻った人が多く、萩に古くから伝わる「四垰(しとう)の論」※にも通じるように、外に出て学び、改めて「外の目」で地域の魅力に気づいたという点では、私と共通していますね。 これまでにたくさんの活動が、一人の「大切にしたい」や「やってみたい」から生まれてきました。20周年記念で実施した「萩まちじゅう博覧会」のような新しい取り組みも行いながら、世代や立場を超えて、それぞれの「大切にしたい」や「やってみたい」が出会い、つながり、ゆるやかに束ねられていく。そんな場としての「まちじゅう博物館」を目指していきたいです。
※「四垰の論」:幕末の萩で村田清風が説いた、「四つの垰を越えて外に学べ」という教え。
▶萩まちじゅう博物館HP:https://www.city.hagi.lg.jp/site/machihaku/
▶萩まちじゅう博物館Instagram:https://www.instagram.com/hagi_machihaku/
■概要:住民自ら地域資源を守り伝える「屋根のない博物館」
長州萩藩の城下町としての名残が色濃いことから、「江戸時代の古地図がそのまま使えるまち」と言われ、維新の志士ゆかりの地としても知られる山口県萩市。このまちで2004年に始まった「萩まちじゅう博物館」は、市内全体を「屋根のない博物館」ととらえることで、地域の魅力(=萩のおたから)を再発見し、守り伝えていこうという取り組み。
「萩のおたから」は、観光地として有名な歴史的遺産だけではなく、地域の暮らしに根づく産業や自然などにも光を当てている。これらを独自に調査・認定してつくる「おたからマップ」の発行や、古地図を手にしてのまち歩き、地域についての知識を試す「萩検定」の実施、さらには文化財修理のための募金を集める「ワンコイントラスト運動」などの幅広い活動を、「まちじゅう博物館」の枠組み内で展開。「NPO萩まちじゅう博物館」(以下、NPOまち博)を中心に、市民自ら活動を行っていく過程そのものが、地域文化への愛着を育む仕組みとなっている。
左から、萩のおたからマップ、萩検定(書籍)、ワンコイントラスト運動(募金箱)
■背景・経緯:文化財維持の課題解決へ、市が政策を転換
「まちじゅう博物館」の取り組みの原点は、1990年代後半。かねてから観光客の減少や少子高齢化、都市化が進み、文化財や景観の維持にも懸念が生じていた中で、萩市が公共施設である萩博物館の移転新築を決めたことだった。同時期、九州芸術工科大学の学生が行った景観資源調査の結果から、「萩はまちじゅうが博物館」という言葉が生まれた。これをきっかけとして、萩市は博物館そのものの定義を見直すこととなった。
その結果、まち全体を「文化遺産を現地でありのままに展示・保存する屋根のない広い博物館」と見立てる、「エコミュージアム」という考え方を取り入れ、文化財保護と観光活性化を目指す方針を策定。萩博物館の開館に合わせて「萩まちじゅう博物館条例」を施行し、市役所内に専門部署を立ち上げる。この時に、市民主体で「まちじゅう博物館」の取り組みを推進していくために立ち上がったのが、NPOまち博だった。
NPOまち博による、まち歩き中の様子。まち歩きは、ガイドそれぞれに説明の仕方が異なるため、リピーターとなる参加者も多いという。市民自ら、次世代に「おたから」を伝承する活動だ
■実績:20年でメンバーは10倍、活動ネットワークも拡充
活動主体であるNPOまち博は、博物館を中心に何かをやってみたいという思いのある人などを中心に、発起人20人弱でスタート。それから約20年で、メンバーは約200人にまで増加した。この間、「おたからマップ」は、市内ほぼ全域をカバーする26地区分の作成が完了。ワンコイントラスト運動で集まった寄金は、公的な助成対象となりにくい未登録文化財を中心とする12件の修復に活用された。これらの取り組みは、2013年に日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産」に登録されるなど、外部からも高く評価されている。
このような活動を支えるのが、同じ興味関心を持つメンバーが5人集まれば、新しく班をつくることができるというシステム。緩やかな組織体制のもと、「まち博おたから情報班」「自然おたから班」「民話語り部班」など18班が自主性を発揮し、活動を継続してきた。また、以前から市内にあった多くの愛好会や協議会が、まちじゅう博物館の一環として活動を行うなど、市内の他団体間のネットワークも強くなった。
江戸時代の古地図が今でも使えるほど、歴史的なまち並みが残る理由を解説するメンバー最年長の植木さん。まち歩きガイドが生まれたのは、植木さんが萩の魅力をひとりでも多くの人に解説したい!という思いで自主的に始めたことがきっかけだという
■展望:「市民主体」の長期持続へ、新たなプレイヤーともに推進体制を強化
近年、まちじゅう博物館の取り組みには、移住者ら若い世代の参加も徐々に増加。今まで中心を担ってきたメンバーたちの高齢化が進む中で、これらの新たなプレイヤーとともに担い手の層を広げ、活動を次世代につないでいくことが、NPOまち博の一番の目標だという。
一方、特に行政側からの視点では、これまでの活動の積み重ねを土台に、経済的な循環を創出していくことが今後のテーマの一つだ。萩市は2025年に「萩まちじゅう博物館条例」を改正し、「萩で暮らすことを誇りに思う魅力あるまちづくり」という理念をあらためて明確化。同時に、新たな官民協働組織「萩まちじゅう博物館推進協議会」を設置し、その中に文化観光や地域ツーリズムをはじめとする5部会を設けるなど、地域外からの誘客に力を入れる。NPOまち博では行政のこうした動きと足並みをそろえながら、「老若男女の住民が地元の魅力を知り、愛着を持っている」という状態をつくり、それ自体をまちの魅力向上につなげる考えだ。
2024年には「萩まちじゅう博覧会」と銘打ち、体験型イベントなどを提供する大規模な催しを実施。地域内外から多数の来場者を呼び込んだ
取材者コメント(編集部 祖父江)
“地味深い”まちで見つけた、楽しむことの力
現地で利用したタクシー運転手の方が、開口一番、「このまち、地味でしょ?」と、どこか誇らしげに話しかけてきました。瓦、白壁、石垣が続く色味の少ない街並みに、夏みかんのオレンジと緑が映える。そして、その上に広がる青空。確かに派手さはない。けれど、不思議とすっと心に染み入ってくる街並みでした。
そこでは、地域に連綿と続いてきた営みが際立ちます。「顔を合わせたら、皆が必ず挨拶を交わす」というコミュニティの安心感。土地柄を反映したかのような、市民の人々の誠実さ。どれもが、いわゆる「にぎわい」の中にあると、見えにくくなってしまいがちなものです。
旧武家屋敷の土塀からのぞく、名産の夏みかん。明治維新後に困窮した士族の経済救済として、武家屋敷を夏みかん畑に転換した名残だ。電線類が地中に埋設されているため、100年前から変わらないこの風景も「萩のおたから」の一つ
「緊張からではなくて、すっと気持ち良く背筋が伸びるような場所」。NPOまち博の組織運営のキーパーソン山本明日美さんは、萩市の魅力をそう表現しました。それは、静かで落ち着いたまちの中で育まれてきた空気感なのでしょうか。
そんな時間をかけて味わいが染み出るような「地味」さに、市民の皆さんは「萩らしさ」を感じているのかもしれません。ひと言で「地味」と片づけてしまうには、あまりにも豊かで、奥行きがある。いわば、“地味深さ”への愛着です。
萩の魅力に「一目ぼれ」して移住を決めた時のことを振り返る山本さん
今回インタビューを受けてくださったのは、理事長の伊藤富之さんをはじめ、NPOまち博で10年以上活動するメンバー5人。インタビューを通して私が特に知りたかったのは、どうして20年もの長期にわたって、市民主体の活動を続けることができたのかということです。
その理由は、お話を聞く中で、徐々に浮かび上がってきました。皆さんが、口々に言う「楽しい」という言葉です。ただ、20年も活動を続けさせるほどの「楽しさ」とは、一体どんなものなのでしょうか。
左から理事長の伊藤さん、植木さん、末永さん、山本さん、伊藤さん。インタビュー中は終始笑顔が絶えず、和やかな空気に包まれていました
その答えは、インタビュー後に参加した古地図を手にしてまちを歩く「まち歩きガイド」で見つけることができました。
自分たちの暮らすまちを歩き、仲間同士で学び合い、その魅力を知る。それを訪れた人に伝え、また自分も新たな発見を得る。そんな循環そのものが、皆さんの「楽しさ」になっているのです。
象徴的だったのは、あるガイドの方が説明した内容に対して、ほかのガイドの方が、「あっ、それは私が言いたかったのに!」と悔しそうに言い、笑いが起きた場面。「私が伝えたい」。そんな思いが自然とあふれてくるからこそ、「楽しい」。そして、その気持ちを分かち合う仲間がいる。これは、他者からどれほど「意義のある活動だ」と言われるよりも強い動機になります。このまちの価値を“自分ごと”として引き受けているからこそ生まれる楽しさなのだと思います。
その楽しさは、明度や彩度の高い、わかりやすい「楽しさ」ではありません。むしろ、長い時間をかけて深みを増していくような、静かな味わい。それは、まさに“地味深い”楽しさでした。
まち歩きでは、大漁旗をつないだハンドメイドの法被姿で、ガイドの「推し」ポイントである城下町の石垣について説明してくれた。積まれた時期により石の加工法や積み方が異なるそう
“地味深さ”によって、このまち本来の価値が際立つ。そして、その魅力を自分の言葉で語り、楽しむ人がいる。その営みが、さらにまちの魅力を深めていく。そんなまちづくりのヒントを、萩から教えてもらいました。
NPOまち博の皆さんは、まちの今後について、「子どもたちにも身近な『おたから』を説明できるようになってもらえたら嬉しい」と話していました。地域という博物館の学芸員が、まちじゅうにいる。それは、シビックプライドが広がった先にある、一つの理想像かもしれません。
まちインサイト5指標で見ると...
-
行政や専門家ではなく、市民自らがまち歩きガイドとなり、萩の「おたから」を発見し、伝える活動に参加。一人ひとりが学び、魅力を知り、他者と共有することで、地域の主人公として活躍できる土壌を育んでいる。 -
長年活動が続く背景には、歴史や文化だけでなく、日々の暮らしの中にも「おたから」を見出す地域独自の物語がある。市民自らが語り部となり、その物語を次世代へつないでいる。
