\THE610BASE リーダー 森翔平さんからのメッセージ/
学校という場所には、誰にとっても“なじみ”や“親しみ”があります。かつて地域に開かれていたその空気を受け継ぎ、もう一度「人が集まる場所」として育てていきたい。そんな思いから、私たちは地元の廃校を活用し、いちご栽培をはじめ、クラフトビールの醸造にも挑戦しています。これからは、この場所をきっかけに、福知山の外にいる人たちや、ほかのまちともつながっていけたら嬉しいです!
▶福知山市 廃校Re活用プロジェクト:https://www.city.fukuchiyama.lg.jp/soshiki/10/28852.html
▶THE610BASE:https://fields-the-base.jp/
▶S-LAB:https://www.s-lab.kyoto/
▶足立音衛門 里山ファクトリー:https://www.otoemon.com/satoyama-factory/
■概要:廃校という“地域資源”を、新たな挑戦の舞台に
京都府福知山市では、少子高齢化に伴う学校再編で廃校になった小学校を、新たな事業やビジネスの拠点として再生し、地域のにぎわい創出につなげる「廃校Re活用プロジェクト」を2019年度から推進している。ただ、廃校活用には、高額な改修費や老朽化したインフラへの対応といった課題が生じやすい。そこで市は「賃貸契約の場合、建物は無償(土地は有償)」など、事業者が利用しやすくなるよう7つの基本方針を設定。これまでにいちご農園、和洋菓子の店舗兼工場、複合型スポーツ施設など、廃校が多様な用途へと生まれ変わってきた。さらに、地元の金融機関と連携し、2020年度から2022年度にかけて関西初の「廃校マッチングバスツアー」を開催。廃校の活用に関心を持つ企業が、再生事例や学校跡地を巡りながら、その可能性を具体的に検討できる場を提供した。

過去4回実施した廃校マッチングのバスツアーの参加者は計160人を超え、
首都圏からも事業者が集まるなど、全国的な注目を集めた(写真提供:福知山市)
■背景・課題:廃校活用の課題に、専門部署がスピード感をもって伴走する
市内では小学校の統廃合が年々進み、2012年度に27校あった学校のうち、複数校の集約も含み14校に再編され、結果として16の廃校が発生した。当初、廃校は教育委員会が所管していたが、現存校の運営と並行して利活用まで対応するには、体制面で制約が生じていた。そこで市は、2019年度に市役所内に「資産活用課 公民連携係」を新設し、「廃校Re活用プロジェクト」を始動。相談窓口を同課に一本化し、民間事業者が廃校の活用を進める際に必要となる手続きを伴走支援する仕組みを整えた。これにより、民間が求めるスピード感に応えられる庁内の連携体制を実現した。
■実績:16の廃校のうち10校が再生され、企業内にも好循環が生まれる
2024年11月時点で、全16校の廃校のうち10校(行政利用2件、民間活用8件)が利活用され、地域に新たなにぎわいが生まれている。その一つである体験型農業施設「THE610BASE」(ムトベース)は、いちご農園、カフェ、ビール醸造所を備えた複合拠点として稼働。シーズン中のいちご狩りは盛況で、年間来場者は2万人を超え、地域の観光資源として定着しつつある。また、同施設を運営する井上株式会社の取組に共感し、移住者を含む就職希望者が増加しており、新規事業に挑戦する機運が高まりつつあるという。一方、「S-LAB」は、サッカーグラウンドを核に廃校を独自に再生した複合型スポーツ施設。現場発のアイデアを即座に形にする企業マインドに加え、幅広いスポンサー支援や地元のデザイン協力など、地域とのつながりを力に柔軟な運営が進められている。さらに、「足立音衛門 里山ファクトリー」は、廃校を活用して、本社機能と菓子製造機能を集約し開業。校舎や体育館の特徴を活かし、作業効率やスタッフの働きやすさを向上させた。店舗が併設され、年間来場者は3万人を超える。将来はブランドを象徴する栗の木を地域の学生と植樹し、来場者が栗拾いを楽しめる場づくりを目指している。

THE610BASEではグラウンドでいちごを栽培し、屋内ではカフェも営む

S-LABではサッカーを中心としたスポーツ施設事業を軸にしながら、新たに宿泊事業の展開を予定している

開口部を拡げたテラスから、菓子製造の様子を見学できる里山ファクトリー
■展望:実績を土台に、中小規模の公共施設の活用も検討
これまで市では、旧小学校の校舎や跡地など、使われなくなった公共施設の中でも規模が大きく、地域への影響が大きいものから優先して活用できるよう、制度や環境を整えてきた。今後は、中規模の遊休公共施設も活用対象に含め、検討を進める。廃園となった保育園を対象にしたビジネスプランコンテストを実施するなど事業者が参入しやすい仕組みづくりを整え、地域や民間の意見を取り入れながら、公共施設活用の裾野を広げていく。
取材者コメント (編集部 祖父江)
考え抜かれた制度設計と、動きながら育てる現場力。“それぞれの得意”を持ち寄って進む廃校活用
今回の取材では、福知山市内の3つの廃校活用事例を巡りました。どこも現地を訪れると、静かだった校舎に人の気配が戻り、地域の方々がその変化を喜んでいる様子がじんわりと伝わってきます。市総務部資産活用課の芦田秀樹課長は、住民から「暗くなっていた場所に灯りがつき、人がいる安心感が嬉しい」という声が寄せられていると言います。

お話を伺った市総務部資産活用課の芦田さんと市田さん
色々な方々にお話を伺っていくと、市内で次々と廃校活用が進んでいる背景には、関わる人たちの「動きながら考え、つくりながら育てる」姿勢があることが見えてきました。
THE610BASEでは、いちご栽培もビール醸造も、最初はまったくの素人として始めたものだそうです。“やってみたい”と感じた気持ちを大切に、社内で試行錯誤しながらノウハウを蓄積していました。また、S-LABでは、かつてのプールの形状をそのまま生かし、サッカーのパス練習ができる壁打ち練習場として転用するなど、建物本来の用途にとらわれず、工夫しながら楽しむ様子が随所に見られました。
さらに印象的だったのは、この廃校活用プロジェクトが市役所の専門部署を中心に進められつつも、市役所だけでは不足している知見やスピード感を、金融機関をはじめとする地元企業や住民を巻き込みながら補完している点です。「廃校マッチングバスツアー」も、地元の金融機関との対話から生まれた企画だそう。市役所内では、廃校活用には不動産業界出身者や元金融機関職員が携わり、シティープロモーション企画には広告業界出身者が企画を担うなど、多様なバックグラウンドの人材が行政の現場で活躍することで、取り組みが着実に前へと進んでいました。
廃校活用に関する制度設計を丁寧に、そして柔軟に一歩ずつ整えながらも、廃校をひとくくりのカテゴリーとして扱わず、一つひとつの異なる“地域資産”として向き合い、その場所が持つ特徴や可能性を次の価値へつなげていく。芦田さんが語った「どの廃校施設も、一点もの」という言葉には、その姿勢が象徴されているように思います。廃校を「次の物語が始まる場所」として複数の視点から捉え直す福知山市の取り組みは、公共施設の未来を考えるうえでも大きな示唆を与えてくれました。
