\海岸線の美術館館長 高橋さんからのメッセージ/
防潮堤をクリエイティブの力によって“資産”へと転じる。海岸線の美術館は、その可能性を探る試みです。実際にこの場所に立ち、作品を前にしたときにこそ感じられるものがあるので、ぜひ雄勝を訪れて作品をご覧いただけたら嬉しいです!
▶海岸線の美術館HP:https://kaigansennobijutsukan.com/
■概要:震災後に建設された防潮堤を“まちの美術館”へ
宮城県石巻市雄勝町で2022年に始まった「海岸線の美術館」は、津波や台風から陸地を守るために築かれた巨大な防潮堤をキャンバスに、壁画作品を描くアートプロジェクト。一般社団法人SEAWALL CLUBとアーティストが制作を行い、まち全体をひとつの美術館に見立てる構想のもと、現在は防潮堤を中心に13点の作品が点在している。地域の祭りや漁の風景、現地の小学校の児童など、作品の多くは住民との対話を重ねるなかで見えてきたモチーフをもとに制作されている。壁画は、海を遮る高さ10メートルの防潮堤に描かれ、住民が再び海を身近に感じられる風景を生み出すとともに、このまちの風景や地域文化を次の世代へと伝える役割も担っている。
高さ最大10メートルの雄勝湾の防潮堤に描かれた「THEORIA|テオリア」
■背景・経緯:高さ10メートルの巨大な壁が、まちの風景を変える
2011年に発生した東日本大震災で、雄勝町は市街地の約8割が壊滅。震災後、津波や台風などの自然災害に備え、陸域を保全するために全長約3.5キロメートル、高さ10メートルにおよぶ防潮堤が整備された。防潮堤はまちの安全のために建てられた構造物である一方、海とともに営まれてきた生活の風景を大きく変える存在ともなった。2019年、東北で事業アイデアを検討するビジネス研修の一環で同地を訪れた「海岸線の美術館」館長の高橋さんは、建設が進む防潮堤を目の当たりにし、「この壁を現状のままにしてよいのか」と疑問を抱く。その後、構想を重ねるなかで、防潮堤に巨大な壁画を描く案に至り、2022年に複数のアーティストや地域住民とともに「海岸線の美術館」のプロジェクトをスタートさせた。
高橋さんは研修時、多くの命が失われた震災遺構・大川小学校を訪れ、建物という「実物」が残されているという事実の重みを強く実感したという。
■実績:雄勝の日常や文化から生まれた、13の作品
海岸線の美術館は2022年以降、クラウドファンディングなどを実施しながら、防潮堤および周辺エリアに計13点の壁画作品を制作してきた。代表的な作品には、雄勝の美しい風景を描いた「THEORIA|テオリア」をはじめ、漁業の営みをモチーフにした「A FISHERMAN|漁師」、地域祭礼を題材とした「BIG CATCH│名振(なぶり)のおめつき」、雄勝小学校の全児童を描いた「HIGHLIGHT|ハイライト」などがある。制作にあたっては、地域住民との対話を重視し、共同の制作イベントも実施。現在では、作品をきっかけに、かつてまちを離れた人が再訪する動きや町外からの来訪者の増加が見られるほか、防潮堤前の広場では飲食や音楽のイベントが開催されるなど、新たな活動の場としての活用も広がっている。
「THEORIA|テオリア」の制作中。作品の下地制作のイベントでは、地元の人々が壁に色を重ねた。住民たちが塗った色の高さをそのまま水平線として生かしているそう。
■展望:公共空間のあり方を探り、積み重ねの先に世界遺産登録へ
海岸線の美術館は、今後も年1〜2点のペースで作品を追加し、100年先も残る壁画を制作し続けていく。その積み重ねの先に、100作品を目標とし、結果として世界遺産に登録されるような未来を描いている。また、防潮堤という公共空間に住民や来訪者が主体的に関わることで、「自分たちのもの」として捉え直す契機を生み出し、地域に根ざした公共の新たなあり方を育んでいくことを目指している。
地元漁師の「朝海に出たときに見える風景が好き」という言葉から生まれた、壁画NO.2「 A FISHERMAN|漁師」
取材者コメント(編集部 八木)
「楽しむ」のではなく、「楽しみだな」と思える未来
地域活性化を「みんなで楽しんでやる」というのはイメージが湧きます。でもそれが「震災復興」となった時に、“楽しく”やろうという言葉で表現していいものなのか、正直私にはわかりませんでした。「海岸線の美術館」を取材して、活動される皆さんの楽しそうな姿をそのまま伝えたい。でもそれを取材者コメントとして「楽しい」という言葉で表現すると、その言葉が無意識に誰かを傷つけてしまうのではないかと、そんな気持ちが自分の中を巡っていました。
復興は、このまちの「未来」を急に託され、大きなものを背負うような感覚なのかもしれない。被害を受け、日々の暮らしを取り戻すだけで精いっぱいのはずの状況で、そんな重く責任あることを突然託される。「未来」というどこか明るい印象を持つこの言葉と向き合うには時間がかかるし、私だったら「そんな話今はできない」と思うはず。
そんな時にできた灰色の巨大な防潮堤。物理的に安全を守るために必要だとわかっていても、住民の方にとっては「昔の景色にはもう戻れないのだ」と、厳しい現実を突きつけるものだったのではないかと思います。
しかし、その灰色の壁に、もう一度新しい景色を描こうと始まったのが『海岸線の美術館』です。館長の高橋さんやアーティストの安井さんのお話を聞いていると「来年はここに何を描こう」「こんな景色にしたい」とどんどん話が膨らんでいきます。そして二人の言葉には、「復興のため」という直接的な言葉はありません。あったのは、「この防潮堤を、100年後の世界遺産にする」というこの場所が変わっていく話。そして、二人と一緒に活動している住民の方は、巨額の建設費や維持管理の負担などから「負の遺産」とよばれた場所を、いま、よどみなく「誇りだ」と教えてくれました。
その姿を見て、「楽しんで復興する」という違和感の答えが見えた気がしました。無理に楽しむのではなく、ただ「明日は、来年はどんな絵になっているのかな」と心待ちにすること。その未来を想像する温かい気持ちこそが、誰かに植え付けられるのではない、一人ひとりのシビックプライドの種なのだと思います。
「100年後にこの場所を世界遺産に」。私はこの世界遺産の完成形を、生きている間に見ることはできないかもしれません。でも、その未来の景色はどんなもので、そこにはどんな人がいて、どんな会話が生まれているんだろう。そう想像するだけで、なんだかとても明るい気持ちになってくるのです。
まちインサイト5指標で見ると...
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毎日目にする防潮堤に、毎年新しい作品が描かれていくことで、日常の景色が継続的に更新されていく。 -
負の遺産と言われた防潮堤を、公共物=みんなの“私物化”と捉え直し、100年後も続く新たなまちの日常風景をつくっている。
