これまでにリサイクル率日本一を16回達成し、国内外から大きな注目を集めてきた鹿児島県曽於郡大崎町。今、このまちが目指しているのは「環境先進地」という枠を超えた、循環するまちづくりだ。資源や人、知恵といったあらゆるものが循環し、まちの中で育っていく。後編では、その実現に向けて、町民・行政・企業が一体となって動き始めている様子を取材した。そこで見えてきたのは、まちの価値に改めて気づくための工夫と、住民が自らの手でまちの誇りを紡いでいく可能性だった。
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齊藤 智彦(さいとう ともひこ)さん合作株式会社 代表取締役東京生まれ。中国北京の中央美術学院(彫塑系)に留学。北京、ニューヨーク、ベルリンでアート活動ののち、慶應義塾大学SFC研究所にて地域政策を研究・実践。2019年、役員を務める東京の企業と鹿児島県大崎町の間で連携協定を締結。大崎町に出向し、SDGs未来都市モデル事業、総合計画策定支援等を担当。2020年7月大崎町に合作株式会社を設立。2021年4月大崎町・県内企業とともに大崎町SDGs推進協議会に参画、専務理事/業務執行責任者として、初期3カ年を牽引。
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髙橋 知成(たかはし ともなり)さん一般社団法人大崎町SDGs推進協議会 アシスタントディレクター熊本県阿蘇市出身。鹿児島大学法文学部卒業。大学在学中よりインターンとして関わり、2024年から正式に参加。体験型宿泊施設『circular village hostel GURURI』の運営を行う他、様々なプロジェクトに従事。
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「持続可能なリサイクル」に向けた課題
大崎町のリサイクル施設を訪れ、徹底したリサイクル体制や地域資源を生かした仕組みづくりに驚く一方で、この取り組みを継続するには、町民一人ひとりの意識と協力が欠かせないことを再認識した。1998年に大崎町でリサイクルが始まった“黎明期”に尽力した人々は年齢を重ね、当時を知らない世代も増えている。リサイクルは現在町民にどのように受け止められているのだろうか。大崎町SDGs推進協議会の事務局を務める髙橋知成さんは、まちの変化に伴って生じている課題について、こう語る。

髙橋:大崎町では少子高齢化や単身赴任者の増加により、リサイクルの持続可能性が新たな課題になっています。体力の衰えを感じている高齢者や認知症の方々などの“分別困難者”が増え、ごみ出しに支援が必要な世帯もあります。リサイクルを絶対的に良いものとして“神格化”してしまうと、分別品目の見直しや処理方法の変更が難しくなる。だからこそ住民、衛生自治会、そして行政など、大崎町のリサイクルに関わるさまざまな立場の人々が率直に意見を交わせる場が必要だと思っています。
大崎町のリサイクルは既に多方面から高く評価されているがゆえに、実際にはリサイクルに関して“揺らぎ”や変化の余地があることに少し驚いた。とはいえ、まちや時代の変化に伴い、当初のルールでは対応しきれない新たな問題が浮かび上がることはあるし、まちは多様な住民によって構成されているため、さまざまな意見が出るのは自然なことだろう。実際、高橋さんは移住者としてまちと関わる中で、「分別が大変だから若者が定住しないのでは」という地元の声にふれたことがあるという。

髙橋:因果関係は明らかではありませんが、確かに若者の定住は課題です。だからこそ、リサイクルに加えて“人の循環”をどう生み出すかが今後ますます重要だと感じています。また、リサイクルが町民の暮らしや幸福度にどのような影響を与えているのかという視点で研究が進むと、リサイクルを改めて多面的に捉えることができますし、新たに人を呼び込むヒントにもなるように感じます。
大崎の価値をより遠くに届けるために
そのような課題を背景にして、大崎町では今、環境面に留まらず、人やモノ、情報が循環するための新たな取り組みが始まっている。卒業後10年以内にまちに戻った子どもの保護者に奨学金を全額補助する「大崎町リサイクル未来創生奨学金制度」や、使わなくなった学校の机や椅子を希望者に譲渡する「メグルカグプロジェクト」などがその一例だ。
こうした取り組みは、行政だけで実現できるものではなく、まち・企業・住民の連携があってこそ。その橋渡しを担っている一人が、合作株式会社の代表取締役・齊藤智彦さん。同社は2021年に大崎町SDGs推進協議会の発足をサポートして以降、同協議会の事務局を務め、立ち上げ後2年間で約1400人の視察に対応。加えて、大崎町のリサイクルシステムを他の地域でも展開する窓口となり、静岡県西伊豆町や長崎県対馬市で生ごみの堆肥化の実証実験を進めてきた。

齊藤:大崎町は全国的にリサイクルの取り組みが注目されているので、連携したいという企業からの問い合わせが行政に多く入ります。ただ、行政は通常の業務があってこうした対応が難しいこともあり、事務局を務める僕たちが実際に物事を進める役割を担っています。また、大前提として自治体、企業、住民はそれぞれ立場や価値観が異なり背景も違うため、使う“言葉”も異なる。だからこそ僕たちは通訳者のような役割を果たしています。企業は実証実験のフィールドや、最終的には事業を継続するための利益を求めますが、自治体は住民の幸せを第一に考える。その前提をきちんと共有しないと、誤解が生じてしまう。合作株式会社をつくった理由は、まさにそこにあります。立場の異なるもの同士が、それぞれの個性や力を掛け合わせる。つまり「合作」することで、一人ではたどり着けない場所へ向かうことができるのではないかなと。
海外でアートを学んだ後、神奈川県で地域政策に関する研究を行い、さまざまな自治体の地域活性化に携わってきた齊藤さん。そんな中で出会った大崎町では、主体的に考え、高い熱量で行動する行政職員の姿や、リサイクルに誇りを持つ町民の姿に心を動かされ、「このまちの価値をもっと伝えたい、広げていきたい」と、2020年に大崎町で合作株式会社を設立した。
齊藤:他の自治体が焼却炉を建て始めた時期に、大崎町はコストとのバランスを細かく計算して導入を見送りました。たとえ補助金などを活用して一時的に建設費用をまかなうことができたとしても、焼却炉には毎年莫大な運用費がかかるほか、施設の更新に伴う将来的な経済負担が大きいと判断したのです。そうした緻密な計算と合理的な判断の末に、リサイクルに舵を切ったということに、まず感銘を受けました。そしてリサイクルを始めた際も、地域のキーパーソンを説得し、そこから住民の協力を得ていったという行政の「政治力」にも頼もしさを感じました。

齊藤:僕たちは、大崎町が長年積み重ねてきた活動の、ほんの上澄みの部分に関わっているにすぎませんが、リサイクルの取り組みを至るところで褒め、心の底から「本当にすごいんです」と素直に言葉にして発信してきたという自負だけは、人一倍あります。これだけ長い間リサイクルの成果を上げ続けているのは、大崎町という地域に物事を動かす力があるからです。このまちのリサイクルは、持続可能な循環型社会の実現に向けた取り組みとして、国内外における先進的なモデルケースとなり得るものです。今後は、大崎町が築き上げてきたリサイクルの仕組みや、あらゆるものがリユース・リサイクルされる循環のかたちを、日本国内にとどまらず、世界へと広げていけたらと考えています。
町民が“まちの顔”になっていく

齊藤さん自身は、大崎町で暮らす中でリサイクルをどう捉えているのだろうか。
齊藤:リサイクルというのは、知れば知るほど学びがあるものなんですが……正直に言うと、28品目の分別となると他の地域、さらには世界に広げていく難しさもあるので、個人的にはもう少し効率化していくことが出来ないかと思っています。 でも、生ごみと草木の堆肥化については非常に高い効果を実感しています。全体のごみの約6割を占める生ごみと草木を資源にすることができるわけですから。これまで大崎町のリサイクルを視察に来た人からは「大崎町だからできたこと。自分たちの地域では住民にここまでの負担は強いられない」と言われたことも少なくなく、そこで終わってしまうのは非常に残念だなと思っていました。大崎町のすべてを真似する必要はなく、それぞれの自治体に合った解決策を取り入れていけばいい。そういう意味でも生ごみと草木の堆肥化は他の地域でも導入しやすいように感じます。

まちの課題を解決しようとする時、似たような課題を抱える他地域の成功事例を探し、その方法を参考にするのは自然な流れだ。ただし、それをそのまま倣うのではなく、自分たちのまちの規模や風土、住民の意識やニーズに照らし合わせ、無理のない形に落とし込む柔軟さが求められる。齊藤さんが指摘するように、大崎町のリサイクルシステムにおいては、生ごみという特定の領域に的を絞るのであれば、他の自治体でも導入へのハードルが下がり、実現可能性が高まるように感じた。
最後に編集部が2日間の取材を経て、「住民の方がそれぞれの言葉と立場でリサイクルについて語っていたのが印象的だった」と齊藤さんに伝えると、「それは一番嬉しい」と笑顔を見せた。
齊藤:僕は住民の皆さんがまちへのプライドを育む一番の現場は、外の人にまちを案内するシーンだと思っています。なので、今はまちを案内する市民ガイドの育成に力を入れています。もともとは町役場の職員や私たちが視察や取材に対応していましたが、外部の人に「すごい」と褒めてもらうことは純粋に嬉しいですし、リサイクルの価値を改めて考えるきっかけにもなる。その機会を役場や私たちだけが享受しているのは非常にもったいない。知らない人と出会い、その人たちに自分の言葉でまちを案内して驚かれ、感動され、褒められることで、まちの価値に改めて気づく。その積み重ねが、最終的には「シビックプライド」のようなものを育んでいくのではないでしょうか。大崎町はこれまでリサイクルや環境の取り組みばかりが注目され、外からは地域のコミュニティや暮らしが見えにくくなっていました。しかし、それではまち全体の姿が伝わりません。今後は、多面的にまちを捉えてもらうためにも、いろんな町民に焦点が当たると良いなと思います。
まちを案内する活動を一般の市民に任せる。それは、齊藤さん自身がこのまちに暮らす人たちの魅力を何よりも感じているからこそ生まれた発想なのだろう。齊藤さんは「地域の人とのやりとりが自分の力になっている」と、少し照れながら語ってくれた。

齊藤:会社を立ち上げて最初の3年間は、外の人から「すごいね」と褒められることが多かったのですが、どこか虚しさも感じていました。それがここ2年ほどは、この地域の人から「ありがとう」と言われることが増えて、とても嬉しく思っています。有識者や著名な方に評価されることも大事かも知れませんが、普段顔を合わせている地域の人に褒めてもらう方が、断然嬉しい。一人の住民として日常を暮らしていくには、身近な人からの言葉の方が間違いなく自信になります。そして、東京など他の地域で大崎町について話す時に「自分はみんなの代表なんだ」という気持ちになれる。まちの人々の思いを代弁しているような感じでしょうか。“仲間がいる”という感覚に近いように思います。
「埋立ごみをなんとかして減らさなくてはいけない」という切実な課題に向き合う中で始まった、大崎町のリサイクル。その取り組みは今や、住民が誇りを持つ“まちの看板”となり、「共にリサイクルを続けてきた」というまちの人々の連帯感が、新たな活動を生み出す原動力になっている。リサイクルに取り組んできた仲間と、未来のまちをつくっていく。そしてその姿を、自分たちの言葉で伝えていく。一人ひとりが語る“これからの大崎町”は、今よりも重層的で、広がりのあるものになっていくのだろう。そして、まちの仲間とともに一つの課題に本気で向き合い、成果を出してきたという自信は、これからどのような変化がまちに訪れようとも、「自分たちの好きなまちのため」に、ともに行動を起こす確かな力となっていくはずだ。
編集後記
取材の途中、「小さな町でも最先端の研究所」という言葉が記されたパネルが目に留まった。九州の南端にある大崎町という人口1万2000人の小さな自治体が、いまや全国、そして世界が直面する課題の解決に挑んでいる。それは「リサイクル日本一」という過去の実績にとどまらず、その先へと踏み出した“次の一歩”。このまちで暮らす一人ひとりの想いと行動が繋がり、リサイクルだけでない、資源や人、そして知恵の循環に向けたプロジェクトが動き始めていた。
「シビックプライドって、何だと思いますか」。そんな問いかけに、「よく会うまちの友達や、一緒に活動している仲間の笑顔が浮かびます」と話してくれた町民がいた。その言葉は、日々の暮らしの中にある実感や手応えが自然と言葉になったようだった。こうした感情が少しずつ積み重なり、「このまちが好き」という思いに繋がっていくのに違いない。

(取材:小関/文:土橋)