人間中心設計というのは、最近さまざまな業界で耳にするワードだ。まちづくりでもパリが「15分都市構想」の推進によってウォーカブルなまちに変化しつつあるように、人中心の考え方が広がってきている。関西随一の幹線道路である御堂筋(みどうすじ)も、「御堂筋の将来ビジョン」を掲げ、御堂筋完成100周年にあたる2037年には車中心から人中心のストリートに再編する計画だ。
そんな将来ビジョンに向けた社会実験のひとつとして、御堂筋に新しくオープンしたのが「いちょうテラス高麗橋」という名前のパークレット(車道や歩道の一部を活用し、ウッドデッキやベンチなどを組み合わせた休憩施設)。これから少しずつ広がる新しい御堂筋にどんな場をつくれば、これからも愛され続ける場所になっていくのか。この場所には利用する人にとって、“ただ休憩できる場所”ではなく“この場所で過ごしたい、ここで活動したい”と思わせる工夫が詰まっていた。
今回お話を伺ったのは、このパークレット社会実験を中心となって進めている三好さん(御堂筋まちづくりネットワーク)、パークレットのデザイン・コンセプト開発を担った槻橋さん、古田さん、牧さん(ティーハウス建築設計事務所)、青山(読売広告社)の5人。実際にパークレットでお話を伺う中で、シビックプライドを場づくりに落とし込むヒントと、新しい御堂筋の景色が見えてきた。※文中敬称略
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三好 正人(みよし まさと)さん一般社団法人 御堂筋まちづくりネットワーク ガイドライン推進部会 部会長/大阪ガス株式会社 エナジーソリューション事業部 環境・地域共創部 スマートエネルギー室 都市デザイン統括2001年に開業したユニバーサルスタジオジャパンのPJ立ち上げ以降まちづくりに関わる。御堂筋では地域独自で策定したルールに基づき世界に誇る都市景観を目指しデザインコントロールを推進。緑化活動としてナチュラリスティックガーデンの整備と維持管理。エリア防災計画では全ての帰宅困難者を受入れ可能な都心づくりを推進。アートや音楽のある上質なビジネスエリアを目指している。2023年度都市計画学会石川賞受賞。
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槻橋 修(つきはし おさむ)さん株式会社ティーハウス建築設計事務所 主宰富山県高岡市生まれ。神戸大学大学院工学研究科建築学専攻教授、ティーハウス建築設計事務所主催。建築家として公共空間やランドスケープの設計を手がける。2011年に発生した東日本大震災以降は、甚大な被害を受けたまちに対して、建築の視点からできることを模索しながら支援活動を継続している。主な作品に「Book Farm 神戸市立北神図書館」(2019)、「東遊園地URBAN PICNIC」(2023)、「湊山小学校跡地利活用 NATURE STUDIO」(2023)、「青葉山公園 仙臺緑彩館」(2023)など。2024年、「南町田グランベリーパーク」(2019)にて日本造園学会賞受賞(福岡孝則と共同受賞)。
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古田 瑛子(ふるた えいこ)さん株式会社ティーハウス建築設計事務所 チーフアーキテクト1992年大阪府生まれ。京都工芸繊維大学建築設計学科専攻を卒業。同大学院博士課程を修了。2017年より株式会社ティーハウス建築設計事務所に在籍。「東遊園地にぎわい拠点施設 URBAN PICNIC」や「湊山小学校跡地利活用 NATURE STUDIO」「青葉山公園 仙臺緑彩館」の設計に携わり、神戸を拠点に、仙台・大阪・東京など各地で建築設計やまちづくり、ランドスケープデザインなどを通して<場づくり>を行っている。
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牧 拓志(まき たくじ)さん株式会社ティーハウス建築設計事務所1993年愛知県岡崎市生まれ。2020年に神戸大学大学院工学研究科建築学専攻を修了。同年より株式会社ティーハウス建築設計事務所に参画。「東遊園地公園トイレ」や「湊山小学校跡地利活用 NATURE STUDIO」をはじめ、オフィス、住宅の設計に携わる。また地元愛知にてアート助成制度である、中川運河助成ARToc10に採択され、「Reflection Ring」(2021、2022)のアート制作を行なった。
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青山 貴哉(あおやま たかや)株式会社読売広告社 マーケットデザインユニット 関西マーケットコンサルティングルーム2020年に読売広告社へ入社。
都市生活研究所にて、Z世代研究・CIVIC PRIDE🄬研究をはじめとした生活者フォーサイト研究に従事。
都市生活研究所での研究内容や知見を活かしつてストラテジックプランニング業務、マーケティング戦略立案に取り組む。
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本当に御堂筋にパークレットは必要なのか?確かめるための社会実験
三好さんが所属する御堂筋まちづくりネットワークは、御堂筋沿いにオフィスや店舗を構える企業や団体の有志で結成され、“活力と風格あるビジネスエリア”として御堂筋のエリア価値を高める活動をしている。エリア価値向上のひとつとして生まれたのが、今回オープンした「いちょうテラス高麗橋」だ。
三好:大阪市では2019年に「御堂筋将来ビジョン(※)」を策定していて、2037年に車中心から人中心のフルモール化(歩行者専用空間)に空間再編を目指しています。御堂筋まちづくりネットワークは、大阪市から道路協力団体に指定されており、「御堂筋の広場化」に向けて、歩道と緩速車線(速度の低い車両のための道路)の一部を使い、仮設の休憩施設をつくるという「御堂筋パークレット社会実験」を進めています。
※御堂筋将来ビジョン:車中心から人中心のみちへと空間再編をめざす大阪市が、今後の御堂筋のあり方や公民連携したまちづくりのあり方など、御堂筋が目指すべき姿を示したビジョン。
緩速車線が閉鎖された御堂筋には歩道と合わせて、なんと幅約20mの空間が生まれる。これだけの広い空間をどう活用していくのか―空間活用に向けていくつかの社会実験を経て、2024年5月に「いちょうテラス高麗橋」がオープンした。
三好:「本当にこのまちに、こういう施設のニーズがあるかどうか」「ビジネスマンにとって、道で休憩する必要があるのか」なんて初めはわからないじゃないですか。そこで、2017年に淀屋橋にパークレットを設置して半年間の検証を行いました。実際に設置してみると、パークレットのベンチで仕事をする人が出てきたりと、かなりのニーズがあって。淀屋橋、本町と場所を変えて社会実験をつづけながら、最終的には恒久的な施設を作るというゴールに向かって、ゆっくり、確かめながら進化してきました。
御堂筋は大阪市の中心として北は梅田から、南は難波までをつなぎ、オフィスが集まる場所として大阪のシンボルロードと言われている。もともと有名なこの道に新たな憩いの場をつくるにあたって、「シビックプライド」という考え方に着目したのが、コンセプト設計を担当した読売広告社とティーハウス建築設計事務所だ。
御堂筋ならではのプライドをどう形にするか
青山:シビックプライドというと、「大阪のシビックプライド」とか「●●市のシビックプライド」といったように“まち全体”というスケールで語られることが多いですが、御堂筋の場合は「御堂筋で働きたい」という人もいるくらい、この“道自体”にプライドがあることが特徴だと思ったので、“御堂筋のシビックプライド”をコンセプトの軸にしました。シビックプライドは、大きなエリアで捉えようとする必要はなくて、そのまちの人たちの愛着や誇りの宿る場所にフォーカスして考えてもいいと思っています。
槻橋さんは御堂筋という“ビジネス街”だからこそ、シビックプライドを考える上でも単に“住んでいる人”だけでなく、御堂筋で“働く人”や“訪れる人”に宿るシビックプライドにも目を向けることが重要だと語る。
槻橋:例えば「御堂筋を歩くときにはちゃんとした格好で歩きたい」というように、ここではこういう自分でありたい、という感覚があるのもこのまちならではのシビックプライドだと思います。そういった“御堂筋ならではのシビックプライド”をどう形にするか?は意識していましたね。
歩く人も、使う人も楽しめるパークレットにしたい
実際にパークレットを見ると(下記写真)、高さの違う椅子やテーブルが特徴的。これは御堂筋を歩く人が自然な流れでパークレットに滞在できるようにデザインされたものだ。
青山:御堂筋を歩く自然な流れで腰を掛けることができるように、いろんな高さのベンチをつくる「MIDOSUJI STEPS」というアイディアを形にしました。御堂筋で働いている人も、観光で訪れた人も、関係なくこの場でお弁当を食べたり、本を読んだり、いままで御堂筋を通るだけだった人がまちで立ち止まり、まちの中で過ごす時間が生まれていく。そんなシーンが連続的に増えていくといいなと思っています。
デザインを担当したティーハウスの牧さんは、御堂筋を歩く人にとっても“パークレットを良い風景になるようにしたい”、と考えたという。
牧:僕は、初めて御堂筋に来たときにこの通りがすごくきれいで驚きました。人通りが多く、まちを歩いて楽しむ人もいると思うのでパークレットを使う人だけではなく、御堂筋を歩く人にとっても良い風景になるようにしたいと思ったんです。
牧:御堂筋にあるイチョウ並木に馴染み、使う人にとっても温かみや親しみを感じてもらえるように、パークレットには大阪産の木材を使用しました。木を貼る間隔を変えたり、2色の木を使ったりすることで、歩いている景色が変化するように木の使い方を工夫しています。
今回の取材に際し、他の地域のパークレットもいくつか視察したが、ベンチとテーブルから構成されているという点においてはどこも大きくは変わらない。しかし、実際にベンチに座ってみると、自分がポツンとまちの中で浮いているようで落ち着かないな…と感じる場所もあった。
いちょうテラス高麗橋に込められたコンセプトや細やかなデザインのひとつひとつが、この居心地の良さを生み出しているのだとあらためて実感した。
まちの中の憩いの場といえば、最近はパークPFI(※)などの公園の再開発事例も増えてきているが、御堂筋はあくまで「道」。道としての機能を保ちながら場をデザインするために意識したポイントは?
古田:そうですね。道の場合は公園と違い、オープンで周りを人が行き来するので、ちょっと休憩するとか、ちょっと会議の前にここで時間をつぶすとか、人の流れがある中でどう居心地の良さを作るかということが課題でした。先ほど子どもたちがベンチに座っていましたが、パッと子どもたちが座れたり、車いすの方がサッと出入りできたり、通行の流れを気にすることなくスムーズに利用できる設計にしたことが、道の機能と居心地の良さを両立できたポイントだと思います。
(※パークPFIとは:都市公園において飲食店、売店等の公園利用者の利便性の向上に資する公園施設(公募対象公園施設)の設置と、設置した施設から得られる収益を活用して、その周辺の園路、広場等の公園施設(特定公園施設)の整備等を一体的に行う民間事業者を公募により選定する制度)
利用者が“まちの演者”になる場所
槻橋さんは、道というオープンな空間だからこそパークレットを利用する人が“まちの中の演者になれたらいい”、と話す。
槻橋:座る場所を作ったら人は座ってくれるんですよね。でも今回は、どう座ってもらうかっていうことを大事にしました。これはデザイン側の思いですけど、例えばまちを歩いている人がパークレットに座っている人をまちの景色の一部として“見る”。そして、パークレットに座っている人も御堂筋というまちの一部として“見られている”という意識をもつ。この“見る・見られるの関係”が続いていくことで、自分自身がまちの風景の一部としてまちを形作っていることを感じてもらう。それがすごく大事なんじゃないかと考えました。
「まちの風景をつくる“演者”になる」―この考え方は、シビックプライドを考える上で大きなヒントになる。どんな姿が御堂筋に相応しいか?ここでどんな振る舞いをするといいか?を意識する“演者”が増えることはつまり、“まちづくりの当事者という自覚を持つ人”が増えることと同じだからだ。
長期にわたるプロジェクトで大事なのは、仲間と未来を共有すること
2017年から続く御堂筋での社会実験。長期にわたって(しかも多くの関係者がかかわり合いながら)社会実験を一つひとつ積み重ねていく中で、うまくいかないことや大変なこともたくさんあっただろう。プロジェクトの中心となって推進する三好さんを突き動かすものは何なのだろうか?
三好:取り組みを続けていると、「御堂筋でこんなイベントをやりたいです!」とか「ここに植物を植えてみたいです!」というように、関わろうとしてくれる人がいっぱい来るんですよ。ものすごく愛されてるわけですよ、御堂筋は。そんな道は、御堂筋の他になかなかないと思うんです。いろんな人からの愛情を形にできるようにしていきたい、それが私のモチベーションです。
槻橋:そうやって三好さんがプロジェクトの核となってくださっていることも、長期プロジェクトを進める上で重要な点ですね。自治体のプロジェクトの多くは、自治体だけでなく地域の人達と一緒にやることがほとんどですが、行政はどうしても異動がつきものなので、主要な役割の人が異動してしまった時点でプロジェクトが萎んでしまうこともあります。だから、自治体だけではなくプロジェクトに関わる地域の人の中で“核となる人”がいることが重要です。どうしても最後まで並走することができない自治体関係者も多い中、御堂筋まちづくりネットワークさんが核となって市と連携して進めていることもこのプロジェクトの大きなポイントだと思います。
三好:そうですね。プロジェクトを進める中でも御堂筋まちづくりネットワークが中心となって、エリアの関係者と連携していく必要があります。同じ方向を目指すために、まず自分たちで実験し、場をつくり、一緒に未来を共有できる仲間をいかに作るかも大事だと思っています。仲間を作るのは大変なこともありますが、向かう方向を共有できていると自然と物事は動いていきます。
三好:現時点で関わる人すべてに将来像が完全に共有できているかというと、まだいろんな議論を進めていて途中段階ですが、“2037年にウォーカブルな通りにしよう!御堂筋をもっと上質な賑わいのあるまちにしていこう!”というゴールに向かって、対話を続けながら将来像を共有していきたいと思います。
2037年に目指したい御堂筋像-“世界が憧れ「一度は御堂筋を見に行こう」”と言われる場所にしたい
14年後。人中心の道になる御堂筋について“こんな場所になっているといいな”という御堂筋像を最後に伺ってみた。
青山:ちょっと歩いたらイベントに出会うとか、人が集まっていてそこに行くと誰かと交流することがあるみたいな、歩いて楽しい場所になっていたらと思います。今の御堂筋が持つ「ビジネスの中心地以外の顔」も生まれることで、仕事の合間や仕事終わり、ワーカー以外の人にとっても充実した場になると思うので、御堂筋に関わるすべての人が楽しめる道にできたらいいなと思います。
牧:同じ一本の道でつながっていても、北と南で全然雰囲気が違うのが御堂筋の面白いところだと思います。歩いていて楽しいなと思ってもらいたいですし、せっかくパークレットもできたので、屋外で佇んだり、居心地よく使い倒せるような空間になっていったらいいなと思います。
古田:オフィスのイメージが強かったのですが、さっき保育園の子たちもパークレットに座っていたように、ビジネス街らしさだけじゃない“生活が垣間見えるような場所”になっていってほしいです。いっぱい居酒屋さんが立ち並ぶ南側とは違うけど、朝早くから営業するカフェが増えたり、犬の散歩をする人がいたり、そんな生活が見えてくるとパークレットがもっと使われるようになるんじゃないかなと思います。
槻橋:ウォーカブルになるにつれて、パークレットで行っているライブやイベントなどの取り組みが道に面しているビルにも広がって、道とビルの相互でクリエイティビティが生まれていったら面白いなと思います。これからがすごく楽しみなまちですね。
三好:ニューヨークのブライアントパークやタイムズスクエアのように、世界が憧れ「一度は御堂筋を見に行こう」と来てもらえるまちになってほしい。それが私の目標です。
今回のいちょうテラス高麗橋は、パークレットができたことがゴールではなく、これから市民がこの場をどう活用していくのか、アクションが生まれるスタート地点になるだろう。今後ここからどんなアクションが生まれていくのか、市民やまちに関わる人にとっても“まちの実験場”になることを期待したい。
編集後記
パークレットの向かいの施設で取材を行った後、外から美しい音色と拍手の音が聴こえてきた。この日はいちょうテラス高麗橋のオープングセレモニーが行われていて、四重奏の音楽コンサートの真っ最中。パークレットには音楽を楽しみながら笑顔を浮かべる人が大勢いて、その中にはスーツを着ている人、ファミリー、観光中に足を止める人など、まさに取材で皆さんが話していた“ビジネス街以外の顔を持つ御堂筋”の光景が目の前に広がっていた。
東京に戻ってきて通勤中にふと、あの光景を思い出す。「この道で音楽コンサートが始まったら?」「お昼ご飯を持って過ごせる休憩場所があったら?」今は通るだけのこの道も、パークレットができたら賑わいが増して新たなまちの姿が見られるのかも……まちでゆったり佇むことができる御堂筋がうらやましくなってきた。
(取材:小関/文:八木)